AppleがOpenAIなどを訴えた企業秘密訴訟で、担当のエドワード・ダビラ判事が2026年10月14日の審尋で、Appleが求めた仮差止めを「高い可能性(highly likely)で認める」趣旨の発言をした。前日の13日には、OpenAIに対する証拠開示を急がせる命令も出ている。Bloomberg系の報道とTechCrunchが伝えた。
ただし、差止めの決定そのものはまだ出ていない。判事の発言は審尋の場での見通しであり、命令の文面ではない。OpenAIはこの審尋で、Appleが盗まれたと主張する企業秘密を訴訟のあいだ使わないと自主的に約束した。訴訟の発端と8月までの経緯は前回の記事に書いた。ここでは、その後に動いた2日間の中身と、ChatGPTを使う側が何を気にすればよいのかに絞る。
この2日間で何が決まり、何が決まっていないか
事件名は「Apple v. Liu」(北カリフォルニア連邦地裁サンノゼ支部、事件番号5:26-cv-07078)。Appleは2026年7月10日、OpenAI、OpenAIのハードウェア責任者、元iPhoneハードウェア技術者のChang Liu氏を相手取って提訴した。元Apple社員から製品設計や製造、部品、試験方法、サプライチェーンに関する機密を引き出そうと共謀した、というのがAppleの主張だ。
Appleが提訴 企業秘密の不正取得をめぐり、OpenAIなどを相手取って北カリフォルニア連邦地裁に訴えた。
証拠開示を急がせる命令 判事が、Appleによる限定的な早期の証拠開示を認めた。OpenAIは、すでに集めた資料を5日以内に、その他の関連資料を14日以内に出す。
仮差止めと却下申し立ての審尋 判事は、差止めを認める可能性が「高い」と発言。OpenAIは、Appleが盗まれたと主張する企業秘密を使わないと自主的に約束し、14人の従業員の端末のコピー(フォレンジックイメージ)を集めることも約束した。訴訟全体の却下については、判断の時期が示されていない。
13日の命令で、Appleは、Apple出身の応募者を面接したときのOpenAI側の資料(面接の手引き、技術的な説明資料など)を見られるようになった。複数の関係者について、本番の審理より前に証言を取る手続きも認められている。一方で、金属の仕上げ加工や電力管理といった分野でのOpenAIの研究開発資料を急いで出させる請求は退けられた。TechCrunchによれば、この却下は確定ではなく、Appleが請求を絞って出し直す余地は残されている。
14日の審尋では、判事がAppleの求める「関係するすべての端末と保管場所の調査」を「huge ask(大きな要求)」と評したとも伝えられている。つまり、差止めには前向きだが、Appleの要求を全部のむ構えではない。OpenAIの自主的な約束は、判事が執行でき、守らなければ制裁を受けうると伝えられている。差止めの命令に代わる形になるのか、並行して命令が出るのかは、報道からは分からない。
仮差止めとは何か──認められると何が止まるのか
仮差止めとは、裁判の最終的な結論が出る前に、「とりあえずこの行為をやめよ」と裁判所が命じる手続きのことだ。結論まで年単位でかかることが多い企業秘密の事件では、判決を待つあいだに情報が使われ続けて取り返しがつかなくなるのを防ぐために使われる。
報じられているAppleの求めは、次の2点に整理できる。いずれも訴訟が続いているあいだ有効になる。
- OpenAIが、Appleから得た機密情報を使うのをやめること(OpenAIは10月14日、自主的にこれを約束した)
- OpenAIが、Appleの機密をこれ以上入手しようとしないこと
対象はAppleの機密情報の使用と取得であり、報道のどこにも、ChatGPTやAPIの提供停止を求める話は出てこない。争点はOpenAIが開発中の消費者向けハードウェアで、ChatGPTのサービスとは別の話だ。
もう一つ、証拠開示(ディスカバリー)と証言録取という用語も押さえておきたい。前者は、裁判の当事者が相手に資料の提出を求める手続き、後者は、関係者が宣誓のうえで質問に答える手続きである。今回、これらが本番の審理より前に認められたのは、端末に残る記録が消されるおそれがあるためだと報じられている。
OpenAIの反論は「採用面接の正当化」と「Apple側の管理不備」
OpenAIは全面的に争っている。報道によれば、主張は大きく3つある。
10月の書面で、「Appleの企業秘密は必要でも望んでもいない」と述べた。新しい世代のAI向け機器を開発中だとも説明している。
Appleは社員が競合へ移るのを止めようとしており、ふつうの採用面接を企業秘密の不正取得と呼んでいる、という立場だ。訴訟全体の却下も求めていて、Appleが特定の企業秘密を示さず、ハードウェア開発情報という広い分類を挙げるだけだと主張している。
私用のiCloudを業務に使うよう促していた、認証の不具合が退職後のアクセスを残した、退職後もApple社員が元同僚に質問を続けていた、といった点を挙げている。
審尋の当日、OpenAIは新たな申立書で別の主張も出した。Appleに戻った元社員が、OpenAIの未発表の機器に関する100件超の機密ファイルを個人のアカウントに送り、OpenAIの製品計画をApple幹部に示した、というものだ。OpenAIはAppleがその情報を持っているか、使っているかを調べ、反訴を準備するための時間を求めたと伝えられている。これに対しAppleは、裏づける証拠は見つかっていないとし、反訴は目くらましだと反論している。
どちらの主張も、現時点では当事者の言い分にすぎない。裁判所が事実として認定したものは、まだ一つもない。
ChatGPTの利用への影響
AIを選ぶ側から見た影響を、使い方別に分けておく。
差止めの対象は、報じられている範囲ではAppleの機密情報の使用と取得で、サービスの提供ではない。料金やモデルの提供が、この裁判で直接変わる材料は出ていない。
企業のシステム担当者が気にする「サービスが止まるかどうか」という点では、現時点で止まる根拠はない。差止めの命令文が出たら、対象の書きぶりだけ確認すればよい。
OpenAIは新しい世代のAI機器を開発中だと説明している。差止めが出れば、開発チームが「Apple由来の情報を使っていない」と示す作業が増えるとの見方もあるが、これは報道側の推測で、命令の中身はまだ分からない。
編集部の見立て
今回の2日間で、いちばん目を引くのは判事の発言ですが、読者の判断を変える材料としては、まだ軽いと考えます。「差止めが出そうだ」と「ChatGPTの使い方を変える」のあいだには、距離があるからです。
むしろ見ておきたいのは、争いの舞台が採用の現場に移っていることです。AI企業どうしの人材獲得は、これまで年俸の競争として語られてきました。この訴訟は、面接で何を持ち込ませ、何を聞いてよいかまでが法廷で問われる段階に入ったことを示しています。AI企業が自社の機器を作り始めたぶん、競合の範囲が広がり、こうした争いも増えていくと見ています。
一方で、どちらの主張にも確定した事実はまだありません。OpenAIの100件超のファイルという主張も、Appleの共謀という主張も、裁判所は認めていません。書面命令が出るまでは、報道の見出しよりも、命令の文面を優先して読むのが安全です。
まとめ
2026年10月13日、ダビラ判事はAppleの限定的な早期の証拠開示を認め、OpenAIにすでに集めた資料を5日以内、その他の関連資料を14日以内に提出するよう命じました。翌14日の審尋では、Appleが求める仮差止めを認める可能性が「高い」と発言しています。
OpenAIは審尋で、Appleが盗まれたと主張する企業秘密を訴訟のあいだ使わないと自主的に約束し、14人の従業員の端末のコピーを集めることも約束しました。ただし、差止めの決定はまだ出ていません。OpenAIが求めた訴訟全体の却下についても、判断の時期は示されていません。報じられている差止めの内容は、Appleの機密情報の使用と取得の禁止であり、ChatGPTやAPIの提供を止めるものではありません。
OpenAIは「Appleの企業秘密は必要でも望んでもいない」と述べ、Apple側の管理不備を主張しています。審尋の当日には、Appleに戻った元社員が100件超のファイルを持ち出したとする新たな主張も出しました。どれも、現時点では当事者の言い分です。
ChatGPTの月額プランやAPIを使っている人にとって、いまの時点で変えるべき点は報じられていません。
次に動くのは、差止めの書面命令と、OpenAIの却下申し立てへの判断です。命令が出たら、対象が「Appleの機密の使用禁止」にとどまるのか、OpenAIの機器開発の進め方にまで及ぶのかを見てください。10月13日の命令から数えると、14日以内の資料提出の期限は10月27日前後に来ます。