OpenAI が7月30日、GPT-5.6シリーズの下位モデル「Luna」の出力価格を100万トークンあたり6.00ドルから1.20ドルへ、80%引き下げたばかりだった。その話題が業界で回りきる前に、次の一手が来た。

中国DeepSeekが7月31日、新モデル「DeepSeek-V4-Flash-0731」をAPIの正式版(パブリックベータ)として公開した。出力価格は100万トークンあたり0.28ドル。前日に80%値下げされたばかりのLunaの新価格すら、さらに下回っている。

しかも今回は「安いだけ」ではない。独立系ベンチマーク機関Artificial Analysisの計測では、この新モデルの総合性能指数はLunaの最上位設定にわずか1点差まで迫った。値下げ競争の「勝者」が、まる1日で入れ替わったように見える。

⚠ 情報の鮮度について
一次情報はDeepSeek公式のAPI公開(2026年7月31日、TechNodeが同日報道)と、独立ベンチマーク機関Artificial Analysisによる同日時点の計測です。本記事公開時点で一次情報から半日〜1日程度が経過しています。ここで扱う価格はすべて開発者向けAPIの価格であり、ChatGPTやDeepSeekアプリの月額プラン価格ではありません(この違いは第4章で整理します)。ベンチマークスコアは各社・各機関の測定条件に依存する参考値です。

値下げ翌日、さらに下から潜り込んだ新モデル

DeepSeek-V4-Flash-0731は、今年4月に公開された「DeepSeek-V4-Flash」のプレビュー版を、正式リリースへ格上げしたものだ。モデルの骨格そのものは変わっていない。総パラメータ数284billion(2,840億)のうち、実際に計算へ使うのは13billion(130億)だけという「MoE(Mixture of Experts)」型の設計で、一度に読める文章量(コンテキストウィンドウ)は100万トークンに達する。変わったのは、この骨格に対してもう一度、追加の学習(再学習)を行った点だけである。

その追加学習の結果が、価格表に表れた。DeepSeekは7月31日、API価格を入力0.14ドル・出力0.28ドル(いずれも100万トークンあたり)としてパブリックベータを開始した。

モデル(100万トークンあたり) 入力価格 出力価格
DeepSeek-V4-Flash-0731(7/31〜) 0.14ドル 0.28ドル
GPT-5.6 Luna(新価格・7/30〜) 0.20ドル 1.20ドル
GPT-5.6 Luna(旧価格・〜7/29) 1.00ドル 6.00ドル
Claude Opus 4.8(参考・最上位級) 5.00ドル 25.00ドル
軽量モデルの出力価格を100万トークンあたりの金額で比較した横棒グラフ。DeepSeek V4 Flash 0731が0.28ドル、GPT-5.6 Lunaの新価格が1.20ドル、旧価格が6.00ドルで、金額に比例したバーの長さで新モデルの安さを示している。

入力価格の差は0.14ドル対0.20ドルとそこまで大きくないが、実際の請求額を左右するのは出力側であることが多い。長い回答やコードを生成させるほど出力トークンが積み上がるためだ。その出力価格で、DeepSeekはLunaの新価格の4分の1以下に位置している。

0.28ドル V4 Flash 0731の出力価格(100万トークンあたり)
1日 Lunaの値下げ発表から新モデル公開までの間隔
284B中13B 実際に動く部分のパラメータ規模
一言でまとめると──「OpenAIが自社の値札を8割引きにした翌日、その新価格すら下回るモデルが出てきた」。値下げ競争の"最安値"は、日単位で更新されている。

性能差はわずか1点──第三者計測が示す接近

価格だけが極端に安くて性能が伴わないなら、単なる安物として片づけられる。今回それが成立しないのは、独立系ベンチマーク機関Artificial Analysisの計測結果があるからだ。同機関の「Intelligence Index」という総合指数で、DeepSeek-V4-Flash-0731は50を記録した。4月時点の旧バージョンは40だったので、追加学習だけで10ポイント引き上げたことになる。比較対象のGPT-5.6 Luna(max effortモード)は51。その差はわずか1点だ。

Artificial Analysis Intelligence Indexのスコアを比較した横棒グラフ。旧DeepSeek V4 Flashが40、新しいDeepSeek V4 Flash 0731が50、GPT-5.6 Lunaのmax effortモードが51で、新モデルが1点差まで迫ったことを示している。

コーディング寄りの実務ベンチマークでも同じ傾向が出ている。ターミナル操作を伴うエージェント評価「Terminal Bench 2.1」では、V4-Flash-0731が82.7を記録した。旧バージョンの61.8、DeepSeek自身の上位モデルであるV4-Pro-Previewの72.1から大きく伸びており、最上位級のClaude Opus 4.8が記録する85.0にも近づいている。エージェントの実務遂行力を測る「GDPval-AA v2」のEloレーティングでも1,189から1,559へと上昇した。

ℹ 何が変わって、何が変わっていないか
DeepSeek自身が明言しているとおり、モデルの規模やアーキテクチャは4月のプレビュー版から一切変えていない。変えたのは学習データと学習手順(再学習)だけである。同じ器に、より良い中身を詰め直して性能を引き上げた形になる。

ただし、これらのスコアはいずれも各社・各機関が独自の条件で測定した参考値であり、日本語での実務品質や、複雑な指示への追従性まで保証するものではない。※観測の域を出ない部分として扱うのが妥当だろう。

なぜここまで安くできるのか

0.28ドルという出力価格は、モデルの構造そのものに理由がある。

01
新しい事前学習をしていない

今回のリリースは、既存のモデルに対する再学習だけで作られている。ゼロからの事前学習に比べて必要な計算資源がはるかに少なく、その分をそのまま価格に反映できる。

02
動くのは全体の一部だけ

MoE構造により、1回の応答で実際に計算するのは総パラメータ284billionのうち13billionのみ。巨大なモデルの知識量を保ちながら、動かすコストは小型モデルに近づけている。

03
長文脈の処理を圧縮する設計

100万トークンという長いコンテキストを扱う際の計算量・メモリ量を抑える専用の注意機構を採用しており、長い会話やコードベース全体を読ませる用途でも単価が跳ね上がりにくい。

あなたの環境ではどこが変わるか

ここまでの数字はすべて開発者向けAPIの価格である。誰にどう関係するかを分けて整理したい。

A
ChatGPTClaudeを月額プランで使っている人:直接の変化はない

今回の話は開発者向けAPIの価格表の出来事であり、ChatGPT Plus(月20ドル)やClaude Proといった月額プランの価格・提供モデルには影響しない。

B
自作ツールや業務システムでAPIを直接呼んでいる人:選択肢が増える

分類・要約・下書き生成など、結果のばらつきが小さい大量処理を任せている場合、DeepSeek-V4-Flash-0731への切り替えで単価を大きく下げられる可能性がある。DeepSeekは今回、OpenAIのCodex向け「Responses API」に互換対応したと説明しており、コーディングエージェント系のツールからも呼びやすくなっている。

C
GitHub CopilotCursorを使っている人:今すぐではないが選択肢の背景として押さえたい

CopilotやCursorは現時点でDeepSeekモデルを標準搭載していない。ただしOpenRouterのような中継サービス経由でDeepSeekモデルを呼び出す構成を組んでいる開発者は一定数おり、こうした環境では今回の価格・性能改善がそのまま反映される。

⚠ 切り替える前に確認すること
DeepSeekはこれまでのシリーズと同様、比較的自由なライセンスのもとで重みを公開している。ただし、送信したデータの扱いは提供元・提供経路(DeepSeek直接契約か、OpenRouter等の中継か)によって異なる。社外に出せない情報を扱う業務では、契約するAPIの提供元とデータ保持ポリシーを個別に確認したうえで移行を判断するべきだろう。安さだけを理由に、確認を飛ばして本番環境へ組み込むのは避けたい。

編集部の見立て

Editor's Opinion

今回いちばん興味深いのは、値下げ幅そのものより「間隔」だと考えます。OpenAIが自社モデルを8割引きにした発表から、わずか1日でそれを下回る新モデルが出てきました。1週間や1か月ではなく、1日です。価格表を書き換えるコストが年々下がっていることの表れだと見ています。

DeepSeekがやったことも冷静に見る必要があります。今回は新しい事前学習ではなく、既存モデルへの再学習だけで性能を10ポイント引き上げました。裏を返せば、まだ伸びしろが残っていたということです。次に他社が同じ手法を使えば、同様の急伸は今後も起き得ます。値下げも性能向上も、もはや「新モデル発表」という大きな節目だけで起きるものではなくなりつつあります。

読者の皆さんにとっての実務的な論点は、価格表そのものより「どの作業を、どのモデルに任せるか」という切り分けの精度だと考えます。月額プランでChatGPTやClaudeを使うだけなら今回の変化は直接関係しません。一方でAPIを自分で呼んでいる、あるいは呼ぶ判断に関わる立場なら、選択肢はこの1日だけでも動いています。値札の更新頻度に、判断の更新頻度を合わせておく必要がありそうです。

DeepSeekのデータ取り扱いについては、まだ独自に検証しきれていない論点が残っています。安さと性能に気を取られて、そこを素通りしないことが次の判断の分かれ目になると見ています。

まとめ

2026年7月31日、中国DeepSeekが新モデル「DeepSeek-V4-Flash-0731」をAPIのパブリックベータとして公開しました。出力価格は100万トークンあたり0.28ドルで、前日にOpenAIが80%値下げしたばかりのGPT-5.6 Lunaの新価格(1.20ドル)をさらに下回っています。

独立系ベンチマーク機関Artificial Analysisの計測では、DeepSeek-V4-Flash-0731の総合性能指数はLuna(max effortモード)にわずか1点差まで接近しました。モデルの構造自体は4月のプレビュー版から変わっておらず、追加の再学習だけでこの水準に到達しています。

今回の変化は開発者向けAPIの価格表の出来事であり、ChatGPTやClaudeの月額プランには影響しません。一方でAPIを直接使う開発者や、コーディングエージェント環境を自分で組んでいる読者にとっては、選べる組み合わせが1つ増えたことになります。データの取り扱いポリシーを確認したうえでの判断が求められます。

前日に扱ったLunaの値下げと合わせて読むと、価格競争の速度がより具体的に見えてきます。