米国の市民団体18団体が8月、連邦取引委員会(FTC)に対し、大手AI企業が紙の本を大量に買い集めて中身をスキャンし、原本を廃棄している慣行を調査するよう求める書簡を送った。最初に報じたのはAxiosで、同日中に複数の媒体が追随している。名指しされた企業の一つが、Claudeを開発するAnthropicである。

この話の芯は、著作権の話ではない。書簡が持ち出しているのは、独占禁止法の論点だ。「買って、裁断して、捨てる」という一連の行為が、後発のAI企業から学習素材を奪う市場支配の手段になっていないか、という問いである。

⚠ 情報の鮮度について
一次情報はAxiosが2026年8月21日(金)に伝えたエクスクルーシブ記事で、同日中にThe Register・CBS News・Common Dreamsなどが追随し、8月24日にもDataconomyが続報を出しています。公開時点でおよそ3〜4日が経過しているため、速報ではなく「この動きが、AIを選ぶ人にとって何を意味するか」を整理する構えで扱っています。FTCが実際に調査へ動くかどうかは、本記事公開時点でまだ決まっていません。

18団体がFTCへ送った手紙──何を求めているのか

Demand Progress Education Fundが呼びかけ、Consumer Federation of America、Open Markets InstituteのCenter for Media & Digital Governance、Institute for Local Self-Relianceを含む計18の消費者団体・市民団体が連名で、FTCのアンドリュー・ファーガソン委員長とマーク・ミーダー委員の2名宛てに書簡を送った。要求は単純だ。紙の書籍を大量に購入し、スキャンしたうえで原本を廃棄するという行為が、FTC法5条にいう「不公正な競争方法」に当たるかどうかを調べてほしい、というものである。書簡は調査の根拠として、同法6条(b)に基づく調査権限の行使も名指ししている。

18団体 書簡に名を連ねた消費者・市民団体の数
8月21日 Axiosが一報を伝えた日(米国時間)
FTC法5条 書簡が調査根拠として挙げる条文

書簡の言い分はこうだ。通常のデータ調達と違い、この「買って裁断して捨てる」やり方は、後発企業や新興企業から競争に必要な原材料そのものを奪う構造的な手段になりうる。希少な書籍や絶版本の場合、廃棄される一冊が現存する最後の一冊だったということも起こりうるという。

一言でまとめると──「学習データの取得競争が、著作権の話から独占禁止の話へ広がろうとしている」というニュースです。AI各社が同じ土俵で殴り合う話ではなく、土俵の材料そのものを先に使い尽くしてしまうことの是非が問われています。

Project Panamaとは何か──Claudeを鍛えた「裁断してスキャン」

書簡が名指しした一社がAnthropicだ。同社は「Project Panama」と呼ばれる社内計画のもとで、中古の紙の本を大量に購入し、背表紙を切り落として1ページずつスキャンし、Claudeの学習データに変えていたと報じられている。2024年の社内メモには「世界中の本を破壊的にスキャンする取り組み」と記されていたという。この経緯は、著者らがAnthropicを訴えた著作権訴訟の裁判資料をもとに、Washington Postが2026年1月27日に報じたのが最初である(※観測:本記事はこの報道を裏取りしているが、原文の全文には接していない)。

破棄された本の冊数について、正確な数字は今のところ確認できていない。複数の報道が「数百万冊規模」に触れているが、具体的な冊数を裏付ける一次資料は本記事の取材範囲では見つかっていない(※観測)。はっきりしているのは、原本が失われるという後戻りできない性質を持つ点だ。

ⓘ 「合法的に買った本」であることとの関係
ここが誤解されやすい点です。Anthropicが海賊版の電子図書館から書籍を無断でダウンロードしていた件は、著作権侵害として2025年に別途認定され、著者らへの15億ドルの和解に至っています(詳しい経緯はこちら)。一方、お金を払って正規に購入した紙の本をスキャンして学習に使うこと自体は、米国の裁判所がフェアユースとして認めた行為です。今回のFTCへの書簡が問題にしているのは、この「合法的な購入とスキャン」のほうです。違法性ではなく、その先で本を物理的に廃棄する行為が競争に与える影響を問うています。

Amazonでも同じ手口が確認された

Anthropicだけの話ではない。調査報道メディアの404 Mediaが8月17日(月)に公開した記事によれば、記者はAI企業向けとみられる大口の古書出荷(約1,000冊)にAppleのAirTagを忍ばせ、荷物を追跡した。行き着いた先はラスベガスにあるAmazonの物流拠点で、「VGT3」と呼ばれる部署が本の背表紙を切り落としてスキャンを速め、使い物にならなくなった原本を廃棄していたという。Amazonはそれ以前、破壊的なスキャンを行っている事実を否定していたが、AirTagの追跡結果はその否定と食い違う内容だった。

01
古書を大量購入

ネット書店などから中古の紙の本をまとめて仕入れる。希少本・絶版本が混ざることもある。

02
背表紙を切って高速スキャン

製本のまま読み取るより速いため、スキャンしやすい形に本を裁断してから機械にかける。

03
原本は廃棄

裁断・スキャンを終えた紙の本は、読める状態のまま再利用されることなく処分される。

2社に共通するのは、紙の本という有限の資源を、後戻りできない形で消費しているという一点である。書簡はここに目を付けた。

なぜ「著作権」ではなく「独占禁止」なのか

AI企業と学習データをめぐる争いは、これまで主に著作権の土俵で戦われてきた。無断で使ったかどうか、対価を払ったかどうかという論点である。今回の書簡は、そこに別の角度を持ち込んでいる。お金を払って合法的に手に入れた本であっても、それを使い尽くして壊してしまえば、後から来る競合はもうその本を手に入れられないという指摘だ。

書簡は、この行為を「ライバル企業のコストを引き上げ、新興企業や小規模な競合から、AI市場で戦うために欠かせない原材料を奪う構造的な仕組み」と表現している。資金力のある大手だけが希少な書籍を先に買い占め、燃やしてしまえるなら、後から参入する企業はより高いコストを払うか、そもそも同じ素材に手が届かなくなる、という理屈である。

もっとも、FTCが実際に動くかどうかは別問題だ。ファーガソン委員長はこれまでの発言で、AIモデルを開発する企業同士の競争については「健全だ」との見方を示し、Anthropic・OpenAI・Google・Metaなどがほぼ毎週のように新モデルを出している状況を根拠に挙げている。同氏が独占禁止の観点で警戒しているのは、AI企業同士の競争そのものより、半導体・電力・データセンター建設といった上流の供給網の寡占だとされてきた。今回の書簡が指す「学習データという原材料の先食い」は、この上流寄りの問題意識と重なる面がある一方、これまでファーガソン氏が公に取り上げてきた論点そのものではない。

⚠ ここはまだ「要請」の段階
本記事執筆時点で、FTCが正式に調査を始めたという発表はありません。今回起きたのは、あくまで市民団体側が調査を要請したという事実です。AnthropicとAmazonのいずれも、この書簡についてのコメント要請に応じていないと報じられています。

編集部の見立て

Editor's Opinion

この一件で興味深いのは、争点の置き方だと考えています。AIの学習データをめぐる議論は、これまで「無断で使ったか」という一点に集中してきました。今回の書簡は、たとえ正規に購入していても、それを使い尽くして壊してしまえば別の問題が生まれる、という筋を立てています。合法か違法かという二択の外側に、もう一段別の論点を置いた形です。

読者にとっての意味は、直接の値段や機能の話ではありません。もしFTCがこの理屈を受け入れれば、学習データの調達の仕方そのものが競争政策の対象になります。資金力で希少な素材を先に買い占められる大手と、そうできない新興勢力の差が、規制によって是正されるのか、それとも自由な市場活動として放置されるのか。この判断は、数年先にどんな会社が新しいAIを出せるかという、選択肢の幅そのものに関わってきます。

もう一つ気になるのは、ファーガソン委員長自身がこれまで「AIモデル同士の競争は健全」という立場を取ってきた点です。今回の訴えが、その立場と正面から噛み合う論点なのか、それとも同氏がこれまで語ってこなかった新しい切り口なのかは、まだ見えません。書簡が出たことと、FTCがそれを取り上げることの間には、まだ距離があります。

まとめ

2026年8月21日、米国の消費者・市民団体18団体が、AI企業による書籍の「購入・スキャン・廃棄」という慣行をFTCに調査するよう求める書簡を送りました。名指しされたのはAnthropicとAmazonで、いずれも紙の本を大量に買い、背表紙を切ってスキャンし、原本を廃棄していたと報じられています。

書簡が持ち出しているのは著作権ではなく、独占禁止の論点です。合法的に購入した本であっても、使い尽くして壊してしまえば後発企業が同じ素材を手に入れられなくなるという主張で、FTC法5条の「不公正な競争方法」に当たるかどうかの調査を求めています。FTCがこれを受けて実際に動くかどうかは、本記事公開時点ではまだ分かっていません。

AnthropicとAmazonは、この件についてのコメント要請に応じていません。

FTCが書簡を受け取ってから、次に何か動きがあるとすれば、まずは調査に着手するかどうかの判断が最初の節目になる。ファーガソン委員長がこれまで語ってきた「AIモデル同士の競争は健全」という立場と、今回の訴えがどう噛み合うのか、あるいはすれ違うのか。そこに注目したい。