2026年8月5日、Gemini を作っている Google DeepMind の指揮系統が入れ替わった。共同創業者でCEOだったデミス・ハサビス氏は会長(Chair)とアルファベットのチーフサイエンティストに退き、日々の運営とGeminiの開発は、同社CTOだったコレイ・カブクチュオール氏がシニアバイスプレジデントとして引き継ぐ。同氏はアルファベットCEOのサンダー・ピチャイ氏に直属する。

同じ日、Googleは中核の研究者を4人まとめて失った。1999年に入社し27年在籍したチーフサイエンティストのジェフ・ディーン氏、Googleシニアフェローのサンジェイ・ゲマワット氏、Google Brain共同創業者のクオック・レ氏、そしてGeminiの技術リードを務めていたオリオール・ビニャルス氏。4人は「Discovery Loop」という新会社を立ち上げる。アルファベット株はこの日、一時5%近く下げた。

役員人事のニュースに見える。ただ、AIを選ぶ側にとってこの日の意味は「誰が偉くなったか」ではなく、Geminiを設計してきた頭がどれだけ社内に残っているかのほうにある。

⚠ 情報の鮮度について
一次報道はBloomberg・TechCrunch・Fortuneなど英語メディアによる2026年8月5日の報道です。本記事は公開時点でおよそ3日半が経過しており、速報ではなく「これは選ぶ側に何を意味するか」を整理する解説として書いています。人事の内容は8月5日発表時点、Gemini 3.5 Proの公開状況は8月9日時点のものです。

8月5日に何が起きたのか

Google DeepMindは、2023年にGoogle BrainとDeepMindが統合してできた、Googleのモデル開発の本体である。Geminiシリーズはここで作られている。8月5日に動いたのは、その組織の頂点と、頂点のすぐ下にいた研究者たちだった。

人物 8月5日まで 8月5日から
デミス・ハサビス Google DeepMind CEO(共同創業者) 同社会長 兼 アルファベットのチーフサイエンティスト。創薬子会社Isomorphic Labsの指揮は継続
コレイ・カブクチュオール Google DeepMind CTO 兼 アルファベットのチーフAIアーキテクト 同社シニアバイスプレジデント。ピチャイ氏直属で、Geminiのモデル開発・先端研究・Geminiアプリと開発者向け製品を統括
ジェフ・ディーン Googleチーフサイエンティスト(1999年入社・27年在籍) 退社。Discovery Loopを共同創業
オリオール・ビニャルス Google DeepMind 研究担当VP/Geminiの技術リード 退社。Discovery Loopを共同創業
サンジェイ・ゲマワット Googleシニアフェロー(検索と分散基盤の設計者) 退社。Discovery Loopを共同創業
クオック・レ Google Brain共同創業者 退社。Discovery Loopを共同創業
27年 ジェフ・ディーン氏のGoogle在籍年数
13年 カブクチュオール氏のDeepMind在籍年数
5% 8月5日のアルファベット株の下落幅(一時・約5%)

ハサビス氏の側から見れば、これは撤退ではない。本人は、汎用人工知能(AGI)が近づいているという判断から、日々の運営を手放して、技術が社会に与える影響や長期の戦略のほうに時間を使うと説明している。実際、直近の数か月はGeminiそのものよりも安全性やAGI到来後の議論に時間を割いていたと報じられている。カブクチュオール氏はこの1年ほど技術ロードマップを実質的に動かしてきた人物で、肩書きが実態に追いついた人事という見方が近い。

一言でまとめると──「Geminiの舵は、以前から舵を握っていた人に正式に渡った。同じ日に、Geminiを設計してきた研究者のうち1人を含む4人が、会社ごと外へ出た」。上の交代より、下の流出のほうが重い一日でした。

Geminiの技術リードが、2か月で2人とも消えた

Geminiには長らく2人の共同リードがいた。1人は6月に去り、もう1人が8月5日に去った。この並びが、今回いちばん見落とされやすい部分である。

2026.06.17

ノーム・シャジア氏がOpenAIへGoogleのエンジニアリング担当VPで、Geminiモデルの共同リード。Transformerを提案した2017年の論文「Attention Is All You Need」の共著者でもある。2024年にキャラクターAIとの提携でGoogleに復帰してから2年足らずでの退社だった。

2026.07.21

GoogleがFlash系の新モデル3本を発表し、3.5 Proは「テスト中」と認める3.6 Flash・3.5 Flash-Lite・3.5 Flash Cyberが公開された一方、待たれていた3.5 Proは見送られた。同じ発表で、次の旗艦モデル「Gemini 4」の事前学習を始めたことにも触れている。話が3.5 Proではなく、その先の世代へ移った日でもあった。

2026.08.05

もう1人の技術リード、ビニャルス氏が退社Google DeepMindの研究担当VPで、AlphaStarやGeminiを共同で率いてきた人物。ディーン氏・ゲマワット氏・レ氏とともにDiscovery Loopを立ち上げる。同じ日、カブクチュオール氏がGemini 4を含むモデル開発の責任者に就いた。

1人がライバル企業へ、もう1人が自分の会社へ。行き先は違うが、Geminiの設計を担ってきた2人が、8週間のあいだに両方とも社外に出たという事実は同じだ。しかも後任の責任者が最初に届けなければならないのは、5月から待たれ続けているモデルである。

ℹ 「技術リード」とは何をする人か
モデル開発の技術リードは、学習データの構成、モデルの規模、学習の打ち切り時期、評価で何を合格とするかといった、性能を左右する判断を最終的に決める役割です。経営者が方針を決め、研究者が手を動かすとして、その間で無数の分岐を裁いているのがこの層にあたります。人が替わるとモデルの性格が変わりやすいのは、この判断の癖が個人に強く紐づくためです。

Discovery Loopとは何か──Googleが出資する「離脱」

4人が作る新会社は、AIで科学研究そのものを自動化することを掲げている。仮説を立て、実験を設計し、実行して、結果を評価する。この輪を人手をほとんど介さずに回すシステムを作るという構想で、社名の「Loop」はそこから来ている。そして最初の研究対象は機械学習それ自体だと説明されている。AIの作り方をAIに探させる、という順番だ。

01
会社の形は公益法人(PBC)

株主への利益と、掲げた公共目的の両方を取締役が考慮する義務を負う形態。OpenAIやAnthropicも近い構造を採っており、資金調達と使命の両立を狙う会社が選ぶ器になっている。

02
出資はRadicalとKhoslaが共同リード

Kleiner Perkins、Lightspeed、Doerr Capitalが参加し、そこにアルファベットも入る。調達額は公表されていない。

03
Googleは創業投資家であり、計算資源の出し手

アルファベットが創業時からの投資家として名を連ね、Google Cloudが初年度の計算資源を提供すると伝えられている。機械学習システムや基盤の研究で協業する計画もあるという。

04
「敵に回った離脱」ではない

シャジア氏がOpenAIへ移ったのとは形が違う。Googleは4人を引き止められなかった一方で、出資と計算資源を通じて関係を残した。切れた縁ではなく、細く外に伸びた縁である。

この違いは読者にとっても意味がある。競合に移った人材は、そのまま競合製品の性能として跳ね返ってくる。対して外部の研究会社に移った人材の成果は、出資と計算資源の契約を通じて、時間差でGoogle側に戻る可能性が残る。ただし戻るとしても、それは今年の話ではない。

Gemini 3.5 Proは、まだ出ていない

今回の人事が重く受け止められているのは、待たれているモデルが出ていないタイミングで起きたからである。経緯は7月にお伝えした記事で詳しく書いたので、ここでは要点だけ押さえておく。

Gemini 3.5 Proがお披露目され、6月中に提供するとされたのが、開発者向けイベントGoogle I/Oの5月19日だった。そこから公開の目標は三度ずれ、7月21日の発表ではFlash系の軽量モデル3本(3.6 Flash・3.5 Flash-Lite・3.5 Flash Cyber)が出た一方で、3.5 Proについては「パートナーとテスト中」で、準備ができ次第という説明にとどまった。I/Oの予告から本記事公開の8月9日まで82日が経っているが、3.5 Proはまだ一般公開されていない。Googleはコーディングと複雑な推論が社内の期待に届かなかったと説明しており、報道では幻覚(事実でない内容を作る現象)の多さと出力のばらつきも延期の理由として挙げられている。

⚠ 8月7日公開という観測について
8月7日に3.5 Proが公開されるという見方が一部メディアとSNSで流れましたが、当日の公開は確認できていません。「配備上の問題で先送りされた」という報道もありますが、Google自身は新しい公開日を示していないため、本記事では※観測として扱います。確実に言えるのは、8月9日時点で一般提供が始まっていないことだけです。

カブクチュオール氏は、自分がまず取り組むのはGeminiのロードマップを実行することだと述べている。裏を返せば、新体制の最初の成績表は、次に出てくる旗艦モデルそのものになる。※観測の域を出ないが、7月21日に事前学習の開始が語られたGemini 4も、その責任者は同氏である。

Geminiを使っている人は、何をすればいいか

立場によって、やるべきことは違う。3つに分けて整理する。

A
アプリでGeminiを使っている人:今日は何も変わらない

無料枠・Google AI Pro・Ultraのいずれも、今回の人事で提供内容や価格は動いていない。使えるモデルも同じである。人事が製品に表れるとしたら、それは次の旗艦モデルの中身と出荷時期という形になる。

B
APIで組んでいる人:3.5 Pro前提の設計を止める

「3.5 Proが出たら本番」という段取りで止まっている案件があるなら、いま動いている世代で仕様を確定させたほうが早い。呼び出し先を差し替えられる作りにしておけば、ChatGPTClaudeと並べて比較したまま進められる。

C
組織で採用を決める立場:人事ではなく出荷間隔を見る

研究者が抜けたから性能が落ちる、と直結させるのは早い。見るべきは、新体制が最初のモデルを何日で出してくるかという間隔のほうである。ここが縮めば体制は機能しており、また延びれば問題は人ではなく開発の詰まりにある。

💡 乗り換えを考える前に確かめること
Geminiの強みは、長い文脈を一度に読める点と、GoogleドキュメントやGmailなど手元のデータに近い位置で動く点にあります。この2つが自分の使い方の中心なら、旗艦モデルの遅れは実務上の損失になりにくいはずです。逆に、難しい推論や長時間の自律作業を任せているなら、同じ入力を他社モデルにも20〜30件流して結果を並べ、いま実際に差があるかどうかを自分の手元で確かめるのが確実です。人事の記事から性能を推し量る必要はありません。

編集部の見立て

Editor's Opinion

今回のニュースで気になったのは、ハサビス氏の異動そのものよりも、離脱した4人の顔ぶれです。ジェフ・ディーン氏とサンジェイ・ゲマワット氏は、検索と分散処理という、Googleがこの四半世紀で積み上げた基盤そのものを設計してきた2人です。そこにGeminiの技術リードとGoogle Brainの共同創業者が加わりました。1人ずつなら世代交代の話ですが、4人が同じ会社を作って同じ日に出るのは、社内で回そうとして回らなかった構想があった、と読むほうが自然だと考えています。

そのうえで、これがGeminiの品質にすぐ表れるとは考えていません。大規模モデルの開発は数百人規模の工程で、特定の個人が抜けた翌月に出力が変わるようなものではないからです。表れるとすれば、もう少し先の判断の場面です。次の世代で何を捨てて何に賭けるか、という設計の分岐で差が出ます。だから読者にお伝えしたいのは、この人事を「Geminiが弱くなる合図」として読まないでほしい、ということです。

むしろ注目したいのは、Googleが4人を出資と計算資源でつなぎ止めた形のほうです。人材を抱え込めない前提に立って、外に出した先との関係を設計している。ここ数年で各社が繰り返してきた買収や人材の取り込みと比べると、ずいぶん軽い持ち方です。同じ手を他社が採り始めれば、研究者が大手を出入りしながら成果だけが契約で行き来する形が普通になっていくかもしれません。

読者の実務に落とすなら、当面やることはほとんどありません。Geminiのアプリも料金も動いていないからです。ただし、3.5 Proの公開を待って止めている案件があるなら、そこは切り離してください。5月の約束から82日が経ち、その間に指揮系統まで替わりました。この状況で公開日を前提に段取りを組むのは、いま最も割に合わない賭けだと考えています。

まとめ

2026年8月5日、Google DeepMindの経営体制が変わりました。共同創業者のデミス・ハサビス氏はCEOを退いて会長とアルファベットのチーフサイエンティストになり、Isomorphic Labsの指揮は続けます。日々の運営とGeminiの開発は、CTOだったコレイ・カブクチュオール氏がシニアバイスプレジデントとして引き継ぎ、ピチャイ氏に直属します。

同じ日に、ジェフ・ディーン氏、サンジェイ・ゲマワット氏、オリオール・ビニャルス氏、クオック・レ氏の4人が退社し、AIで科学研究を自動化する新会社Discovery Loopを立ち上げました。公益法人として設立され、Radical VenturesとKhosla Venturesが出資を共同でリードし、アルファベットも創業投資家として参加、Google Cloudが初年度の計算資源を出します。調達額は公表されていません。アルファベット株は当日、一時5%近く下げました。

ビニャルス氏はGeminiの技術リードでした。もう1人の共同リードだったノーム・シャジア氏は6月にOpenAIへ移っており、Geminiの設計を担ってきた2人が8週間で社外に出たことになります。一方、5月19日のGoogle I/Oでお披露目され6月中の提供とされたGemini 3.5 Proは、82日が経った8月9日時点でも一般公開されていません。

Geminiのアプリと料金プランは今回の人事で変わっていません。動いたのは、次のモデルを誰が決めるかという部分だけです。

次に確かめるべき点は、ひとつに絞れます。カブクチュオール体制で最初に世に出るモデルが、5月から約束されたままのGemini 3.5 Proなのか、それを飛ばしたGemini 4なのか。前者なら計画はまだ生きており、後者なら3.5 Proに費やされた2か月半が、指揮系統ごと畳まれたということになります。