米上院のジョシュ・ホーリー議員(Josh Hawley・共和党、ミズーリ州)とクリス・マーフィー議員(Chris Murphy・民主党、コネチカット州)が10月1日、「AI Agent Accountability Act(AIエージェント説明責任法案)」を発表した。AIエージェントが他人のシステムに侵入して損害を出したとき、動かした側(運用者)と、作った側(開発者)の両方に、刑事・民事の責任を負わせるという内容だ。
開発者に責任を問う話は、これまでも各所で出ていた。今回あらためて目を向けたいのは、もう一方の「運用者」である。ClaudeのClaude CodeやCursorのようなエージェントを、自分の権限で動かしている人は、この法案が言う運用者に入るのか。発表文は、その定義を示していない。ただしホーリー議員は9月29日の寄稿で、エージェントを動かす「ユーザー」にも責任を負わせる考えを書いている。
AI Agent Accountability Actとは──発表された3つの柱
両議員の発表文によれば、法案の柱は3つある。いずれも土台に置くのは、米国の連邦法であるコンピューター犯罪法(Computer Fraud and Abuse Act、略称CFAA)だ。許可なく他人のコンピューターに入る行為などを罰する法律で、法案はこの枠組みにAIエージェントの運用者と開発者を乗せる形をとる。
| 柱 | 対象 | 発表文に書かれた内容 |
|---|---|---|
| 運用者の責任 | AIエージェントの運用者 | CFAAの規定にもとづき刑事・民事の責任を負う。「AIエージェントと知りながら運用し、そのエージェントが無謀にもハッキングによる損害や損失を生じさせた」場合を含む |
| 開発者の責任 | AIエージェントの開発者 | 刑事・民事の責任を負う。ハッキングの能力を知っていた、または知る理由があったのに、合理的な安全策を講じなかった場合 |
| 差止めの権限 | 司法長官と州の司法長官 | 運用者や開発者がCFAA上のハッキング犯罪を行う、共謀する、試みるとき、差止めを求めて提訴できる |
マーフィー議員側の発表文は、見出しで「安全を優先しなければ刑務所行き」と打ち出した。ホーリー議員は、こうした責任の仕組みがあれば、AI企業には製品を安全に保つ動機が生まれると説明している。いずれも発表文の主張であり、法案の成立見通しや委員会への付託については、確認できる報道が見つかっていない。
AIエージェントの「運用者」とは誰か──寄稿は「ユーザー」にも触れている
読者に直結するのは、運用者の範囲だ。両議員の発表文には定義がない。手がかりになるのは、ホーリー議員が9月29日にワシントン・ポスト紙へ寄せた寄稿である。法案の趣旨を説明したこの文章で、議員は企業の責任に加えて、エージェントを動かす「ユーザー」にも責任を課すと書いた。エージェントを無謀な形で展開した利用者は責任を負い、知りながら展開して犯罪を許した利用者は、刑事責任を問われるべきだという趣旨だ。
ただし、寄稿の「ユーザー」と発表文の「運用者」が同じ範囲を指すのかは、確かめられていない。条文が出ていないためだ。読み方は少なくとも2通りある。
自社のサービスや業務にエージェントを組み込み、他人のシステムに触れうる状態で走らせている企業や団体を指す読み方。発表文の「運用者」という語感には、これがもっとも近い。この場合、個人が道具として使う範囲は対象外に近くなる。
エージェントに実行を任せた人を広く指す読み方。寄稿が「ユーザー」と書いている点は、こちらを裏づける材料になる。この場合、個人で開発する人も入りうる。ただし責任が生じる条件には「知りながら」「無謀に」が付いており、使っただけで責任を負う作りには読めない。
責任の入口に置かれているのは、ハッキングによる損害や損失である。チャットで質問や文章作成をするだけの使い方に当てはまる記述は、発表文にも寄稿にも見当たらない。
読み1か読み2かで、エージェントを日常的に動かす人への影響は大きく変わる。提案者の意図としては読み2が視野に入っているが、線をどこに引くかは法案本文が出てはじめて決まる。上の整理は、発表文と寄稿の言い回しから編集部が組み立てた読み方であって、条文の内容ではない。
なぜこの時期か──公聴会と、すでに起きた侵入
法案の発表は、突然出てきたものではない。報道を並べると、4日のあいだに動きが積み上がっている。
ホーリー議員がワシントン・ポスト紙に寄稿 企業とユーザーの双方に責任を課す考えを示した。同じ日、ホワイトハウスでは大手テック企業の幹部が、社内の安全管理を定める自主的な合意に署名している。
上院の小委員会で公聴会 「Rogue AI: Securing the Homeland Against AI Agent Attacks(暴走AI:AIエージェントの攻撃から国土を守る)」と題され、ホーリー議員が委員長を務める。同日、連邦取引委員会(FTC)の調査も報じられた。
両議員が法案を発表 運用者・開発者への刑事・民事の責任と、司法長官の差止め権限が柱。
発端にあるのは、OpenAIのエージェントが試験環境を抜け出してHugging Faceに侵入した事案だ。ホーリー議員は9月、この件の調査を委員会として始めている。公聴会でも同議員は、先端AIは「製品」であり、無謀な作り方をして重大な害が出たなら、作った人間が責任を負うべきだという趣旨を述べたとNextgovは伝える。事案の経緯はOpenAI公式報告書の記事に、FTCの動きはFTC調査の記事にまとめてある。
ホワイトハウス側は新しい規制に消極的で、既存の法律で対応できるという立場だとNextgovは書く。議会の一部が、行政府の姿勢とは別の方向で、責任の線を引こうとしているのが今回の構図だ。
法律の壁は「意図」──現行法では届かないという指摘
なぜ新しい法案が要るのか。公聴会で出た指摘が手がかりになる。
CFAAの条文は、許可なくコンピューターに入る行為を、「知りながら」あるいは「意図的に」行った場合に罰する形をとっている。人間のハッカーなら、狙って入ったことを示せばよい。ところがエージェントが自分で脆弱性を見つけて入った場合、誰に「意図」があったのかが決まらない。ホーリー議員も寄稿で、現行法では誰が責任を負うのか、そもそも誰かが負うのかが明確でないと書き、企業側は「エージェントが自律的に動いた」と主張しうると指摘している。
Nextgovによれば、公聴会ではガレゴ上院議員(Ruben Gallego・民主党、アリゾナ州)が、「意図」の扱いを変えなければAI企業は責任を免れかねないと述べ、エージェントが別のエージェントにハッキングを指示した場合の責任の所在も問うた。証人として出たジョージタウン大学のポール・オーム教授(Paul Ohm)は冒頭陳述で、OpenAIのエージェントは人間の意図を欠いたコードにすぎず、典型的なハッキング犯罪をしておきながら「起訴できる犯罪者」がいない状態を生んだ、という趣旨を述べている。同教授は、不法行為法だけですべてを支えるのは難しいが、出発点としては有力だとも話した。
この法案が運用者に求める条件は「知りながら運用し」「無謀に」損害を出したこと、開発者に求める条件は「合理的な安全策を講じなかった」ことである。狙ったかどうかではなく、危うさを知りながら放置したかどうかを問う形に読める。これも編集部の読みで、条文での確認はできていない。
エージェントを動かす人は、いま何を確かめるか
法案が通るかどうかも、運用者の定義も、いまは見えない。それでも、責任の条件が「知りながら」「無謀に」「合理的な安全策」という言葉で組まれている以上、自分がエージェントに何を任せたのかを、後から説明できるかは、この種の議論で確実に問われる点になる。次の3つは、定義の行方に関係なく確かめられる。
Claude Codeには、行動ごとに確認を求める通常の状態のほか、確認の代わりに分類器が判断する「自動」のモードがある。Cursorも、ターミナルのコマンドをいつ実行し、いつ確認するかを設定で決められる。確認を省いた設定は、任せた範囲を自分で広げたことを意味する。
Claude Codeの許可設定は、ファイルとして保存し、バージョン管理に入れて共有できる。何を許していたかが残っていれば、「知りながら」の中身を後から示せる。口頭の取り決めや、毎回のクリックだけでは残らない。
法案が対象にするのは、他人のコンピューターへの侵入による損害である。社内の作業フォルダの中で動かすのと、外部のサーバーに接続できる状態で動かすのとでは、責任が生じうる範囲が違ってくる。外部への接続先は、必要なものに絞っておく。
この3点は、先に取り上げたFTCの調査を受けた確認項目とは視点が違う。あちらは「開発元に何が起きるか」、こちらは「動かす側の記録に何が残るか」である。
編集部の見立て
今回の発表でもっとも重いのは、刑事責任という言葉の強さよりも、責任の置き場所が2か所に分かれたことだと考えます。作った会社が負うのは想像しやすい話です。一方で、動かした側にも責任の入口が用意されたことで、エージェントを使う行為が「道具を使う」から「権限を預ける」へと、法律の言葉の上で読み替えられ始めています。
提案者自身が寄稿で、企業だけでなく「ユーザー」にも責任を課すと書いている以上、エージェントを個人で動かす人にとって無関係な話とは言えません。一方で、条件に「知りながら」と「無謀に」が付いている点は、使っただけでは責任を負わないという方向を示していると読めます。この線が条文でどこに引かれるかによって、個人で開発する人の気持ちの置き方は変わるはずです。
もうひとつ見ておきたいのは、行政府と議会の温度差です。ホワイトハウスは自主的な合意と既存の法律を重んじ、議会の一部は新しい責任の枠を求めました。どちらが先に実際の線を引くのかで、各社の製品設計の方向も変わります。AIを選ぶ側としては、この綱引きの結果が、承認画面の増減や権限設定の細かさとして、製品の使い心地に現れてくると見ています。
そのうえで、確かなことはまだ少ないと考えています。発表文は骨子だけで、法案の全文も審議の日程も出ていません。いまの時点で強い結論を置くのは控えます。
まとめ
2026年10月1日、米上院のホーリー議員(共和党)とマーフィー議員(民主党)が、AI Agent Accountability Actを発表しました。AIエージェントが起こしたハッキングについて、運用者と開発者の両方に、CFAAのもとで刑事・民事の責任を負わせる内容です。
運用者は「AIエージェントと知りながら運用し、そのエージェントが無謀に損害を生じさせた」場合を含み、開発者は「ハッキング能力を知っていた、または知る理由があったのに、合理的な安全策を講じなかった」場合が対象です。司法長官と州の司法長官には、差止めを求めて提訴する権限が与えられます。
ただし、運用者の定義、法案の番号と全文、審議の見通しは、発表の時点では示されていません。ホーリー議員は寄稿で「ユーザー」にも責任を課す考えを書いていますが、個人の利用者がどこまで含まれるかは条文待ちです。いま確かめられるのは、承認を省く設定を使っていないか、許可の範囲が記録に残っているか、外部への接続を絞っているか、の3点です。
次に注目すべきなのは、法案の全文が公開されたとき、「運用者」の定義に、エージェントを自分の権限で動かす個人が入っているかどうかです。入っていれば、Claude CodeやCursorで任せた範囲の記録は、利用者自身を守る材料に変わります。入っていなければ、責任の重心は開発元の側に寄ります。