NVIDIAが2026年8月21日、自社の実験用エージェント基盤「AVO」で、対話型AIベンチマーク「ARC-AGI-3」の公開セット(25環境・計183レベル)を満点で解いたと発表した。使ったモデルはClaude Opus 5。これ自体は驚きではない。驚きは、同じClaude Opus 5が特別な仕組みを持たずに挑んだ場合のスコアが、7月時点で30.2%だったという事実のほうだ。
モデルは変えていない。変わったのは、モデルの周りを固める仕組み──社内では「ハーネス」と呼ばれる、記憶の持たせ方や行動の監督のしかたを決めるソフトウェアの層だけである。30.2%から100%への変化を、モデルの進化ではなく土台の作り替えだけで起こしてみせたことが、この発表の核心になる。
何が起きたのか──ARC-AGI-3が満点になった日
NVIDIAは自社のエージェント基盤に「AVO」という名前を付けている。8月21日の発表によれば、AVOはClaude Opus 5を土台にARC-AGI-3の公開セットに挑み、25環境・183レベルすべてをクリアし、RHAEという指標で満点の100.00を記録した。使った行動回数は6,624回だった。
RHAE(Relative Human Action Efficiency)とは、課題をクリアできたかどうかに加えて、人間が初めてそのゲームに触れたときの行動効率と比べてどれだけ無駄なく動けたかを掛け合わせたARC-AGI-3独自の指標である。ただクリアするだけでなく、遠回りをしなかったかまで採点される。
| システム(土台はいずれもClaude Opus 5) | RHAEスコア | 行動回数 | 時期 |
|---|---|---|---|
| ハーネスなし(モデル単体) | 30.2 | ─ | 2026年7月 |
| VISTA(視覚特化ハーネス) | 100.00 | 7,542回 | 2026年8月上旬 |
| AVO(NVIDIA・元はGPU最適化用) | 100.00 | 6,624回 | 2026年8月21日 |
ARC-AGI-3とは何か
ARC-AGI-3は、AI研究者フランソワ・ショレ氏らが設立した非営利団体ARC Prize Foundationが2026年3月25日に公開した、対話型の推論ベンチマークである。従来のクイズ形式のAIテストと違い、AIエージェントを見たことのないゲーム環境に放り込み、ルールの説明も目的の提示もないまま、試行錯誤だけで攻略させる。人間が初めて触るゲームを手探りで遊ぶときと同じ状況を、AIにも課している。
公開当初の2026年3月、フロンティア級のAIモデルはすべてスコア1%未満だったと報告されている。人間の側は攻略できる設計になっており、この差がベンチマークの狙いだった。今回話題になっているのは、そのうち一般に公開されている25環境・183レベルからなる「公開セット」の結果で、審査用に非公開で管理されている評価セットとは別物である。
なぜ同じモデルでスコアが変わるのか──「ハーネス」の正体
ここでいうハーネスとは、AIモデルそのものではなく、そのモデルに何を覚えさせ、何を確認させ、どこで踏みとどまらせるかを決める周辺の仕組みを指す。同じ運転手(モデル)でも、渡す地図・過去の走行記録・「この先危ないから確認しろ」と声をかける同乗者がいるかどうかで、たどり着ける場所が変わる、という例えが近い。
NVIDIAのAVOがARC-AGI-3で行っていたのは、大きく分けて2つだ。ひとつは長期記憶で、何百手も先まで続くゲームの中で、序盤に学んだルールを終盤まで持ち越す。もうひとつは監督機構で、行動が同じ場所をぐるぐる回るなど前進していないと判断すると、別の担当が割り込んで軌道を修正する。モデル自身の賢さを変えずに、この2つを足すだけで、素のモデルが自力ではたどり着けなかった満点に届いた。
会話の一往復だけを見て答えるぶんには強くても、何百手も先まで見通す長丁場では、序盤の学びを保持し続ける仕組みがないと同じ失敗を繰り返す。
記憶と監督の仕組みがあると、序盤の発見を終盤まで使い回せる。行動が停滞したときに気づいて軌道修正できることも、遠回りを減らし行動回数を抑える。
同じClaude Opus 5でも、ハーネスなしなら30.2%、VISTAというハーネスなら100%、AVOというハーネスならより少ない手数で100%になる。差を生んでいるのは土台ではなく周りの設計だ。
GPUの部品作りからゲームへ──転用できた理由
AVOの経歴が今回の発表を面白くしている。AVOはもともとARC-AGI-3のために作られたものではなく、GPU向けの低レベルなプログラム(カーネル)を自動で改良するために開発された基盤だった。NVIDIAのDGX B200というハードウェア上で7日間動かし続け、500通り以上の改良方針を試し、40のカーネル案をコミットした結果、既存のcuDNNを最大3.5%、FlashAttention-4を最大10.5%上回る性能のカーネルを作り出したと報告されている。
今回のARC-AGI-3への挑戦では、このカーネル改良用の仕組みを課題に合わせて作り直すことなく、そのまま向けただけだという。ゲームの盤面はすべてテキスト(64×64のマス目の文字情報)としてモデルに渡され、画像は一切使っていない。GPUの性能調整と見知らぬゲームの攻略は一見まったく別の作業だが、同じ「長期記憶と監督機構」の骨組みがそのまま両方で機能したことになる。
NVIDIA自身、この結果には留保を付けている。VISTAとの行動回数の比較は、両者のエージェント構成・記憶の持たせ方・観測の形式が異なるため「制御された比較ではない」と明記しており、約12%少ないという数字は参考値として受け取るのが妥当だろう。
AIツールを選ぶときに見るべき点
この話は研究発表の域を出ないが、読者が日常で使うツールの選び方にそのままつながる。CursorやGitHub Copilotのようなコーディング支援ツールは、どれも複数のモデルから選べるようになってきているが、同じモデルを選んでも、ツールごとに用意している記憶の持たせ方や自己チェックの仕組みが違えば、実際の作業の出来上がりは変わる。先日伝えたCursorのクラウドエージェント強化も、根っこにあるのは同じ発想で、モデルを差し替えるより先に、周りの自動化の仕組みを鍛える方向に力が入っている。
編集部の見立て
今回いちばん気に留めておきたいのは、100%という数字そのものより、AVOがそもそもARC-AGI-3のために作られていなかったという経歴です。GPUの部品を改良するために組んだ記憶と監督の仕組みが、作り直しなしでゲームの攻略にも通用しました。この汎用性のほうが、単発の満点よりも意味が重いと考えます。
これまで「どのAIが賢いか」という問いは、そのままモデル名の比較で答えられるものでした。今回の件は、その前提を少しずらします。同じモデルでも、周りに何を組み合わせるかで、できることの範囲がここまで変わるという実例だからです。読者の皆様がAIツールを比べるときも、看板に書かれたモデル名だけでなく、そのツールが長い作業のあいだ何を覚えていて、どこで踏みとどまってくれるのかを、あわせて見ていただくとよいと思います。
ただし、NVIDIA自身がVISTAとの比較を「制御されていない」と断っている点は、読者の皆様にも共有しておきたいところです。今回の12%という数字は、あくまで参考値です。そしてAVOそのものは研究発表であって、一般に使えるツールとして出荷される予定は今のところ示されていません。GPUの部品作りに使っていた仕組みがゲームの攻略にも通用したという事実だけが、いま手元にある確かなものです。
まとめ
2026年8月21日、NVIDIAは自社のエージェント基盤「AVO」が対話型ベンチマーク「ARC-AGI-3」の公開セット(25環境・183レベル)を満点(RHAE100.00)で解いたと発表しました。使ったモデルはClaude Opus 5で、これは同モデルが特別な仕組みなしで挑んだ場合の2026年7月時点のスコア30.2%と同一のモデルです。
変わったのはモデルではなく、記憶の持たせ方と行動を監督する仕組み、いわゆるハーネスでした。しかもAVOはもともとGPUカーネルの自動最適化のために作られた基盤で、ARC-AGI-3向けに作り直すことなくそのまま転用されています。先行するハーネスVISTA(同じく満点、7,542行動)と比べ、AVOは6,624行動と少ない手数で完走しましたが、NVIDIA自身がこの比較は制御されたものではないと注記しています。
AVOが一般提供されるかどうか、NVIDIAはまだ明らかにしていません。次に確かめられるのは、この仕組みが非公開の競技用評価セットでも同じ結果を出せるかどうかです。