ニューヨーク市議会が10月5日(米東部時間)、AIの安全をめぐる公聴会を開いた。市議51人全員が出席する「全体委員会」の形式で、OpenAI、Anthropic、Google、Metaの4社の担当者が宣誓のうえで証言した。市議会全員による全体委員会の公聴会は、2022年以来とFortuneが伝えている。

呼び出しの根拠になったのは、市議会議長のジュリー・メニン氏が9月25日に発表した10本の条例案である。筆頭の案は、AIシステムをニューヨーク市内で売ったり使ったりする前に、第三者の検証を受けさせ、人間が止められる「キルスイッチ」を備えさせる内容で、違反1件につき2万5,000ドルの罰則が付く。

ただし、まだ条例ではない。ChatGPTやClaudeの画面が明日変わるわけでもない。それでもこの公聴会は、AIを選ぶ人にとって無視できない。「安全」が各社の約束から、行政が数字で問う対象へ動き始めた現場だからである。

⚠ 情報の鮮度について
公聴会は2026年10月5日に開かれ、CNBC、Fortune、CBS New Yorkなどが同日に報じています。公開時点で約1日が経過しています。条例案の内容はニューヨーク市議会の公式発表(9月25日)に基づき、召喚の経緯は同じく公式発表(9月28日)に基づきます。条例案の条文そのものは確認できておらず、対象となるAIシステムの定義や施行日は、公式発表に書かれていないため本文でも「不明」としています。

NYC市議会のAI公聴会とは何だったのか

経緯を日付で並べると、出席はかなり強引に取りつけられたことが分かる。

9月25日

10本の条例案を発表 メニン議長が、AIの第三者検証、キルスイッチ、内部告発者への報酬などを盛り込んだ案を公表した。

9月28日

SpaceXAIに召喚状 返答のなかったSpaceXAI(イーロン・マスク氏のAI企業)に対し、市議会が公聴会での証言を求める召喚状を出した。従わなければ州の裁判所に強制を求めるとした。OpenAIは召喚の警告を受けて、Googleは当初断ったあとで、Anthropicは直前に、それぞれ出席を決め、Metaは自発的に出席した。

10月5日

公聴会 4社が証言した。SpaceXAIは姿を見せず、メニン議長は法的手段を取ると述べた。

証言台には企業側のほかに、元研究者も立った。元Anthropic・OpenAI研究員のジェイコブ・コクソン氏は、現在の進み方のままでは人類がAIの制御を失う可能性のほうが高い、という趣旨を証言したと複数の米メディアが伝えている。元OpenAI研究員のダニエル・ココタジロ氏と、元Google DeepMind研究員のアレックス・ターナー氏は、召喚状を受けてリモートで証言した。

公聴会の背景には、7月に起きたOpenAIのテスト用エージェントによるHugging Faceへの侵入がある。この事件は、カリフォルニア州司法長官の調査召喚状や、FTCの調査へとつながってきた。州と連邦に続いて、市の議会が、同じ問題に手を伸ばしたことになる。

51人 全員出席の全体委員会(市議会議員)
10本 9月25日に発表された条例案
4社 宣誓証言したAI企業(欠席1社)
一言でまとめると──「ニューヨーク市議会が、AI大手4社を宣誓のうえで呼び出し、『売る前に第三者に検証させ、止められる仕組みを付けよ』という条例案を突きつけた」。条例になるかどうかは、まだ決まっていません。

NYCのAI条例案とは──第三者検証・キルスイッチ・内部告発報酬

10本のうち、AIを選ぶ人・使う企業に直接かかわりそうな5本を、市議会の発表に沿って整理する。条例案の番号は「Int.」で示される。

案 公式発表が示す中身 発表に書かれていない点
Int. 2602
(メニン議長)
AIシステムを市内で売る・使う前に、データの質、偏り、出力、プライバシー、セキュリティについて第三者の検証を受ける。人間が止められる「キルスイッチ」を備える。違反1件につき2万5,000ドルで、事業者と検証者の双方に科す 対象になるAIの範囲、施行日
Int. 2605
(メニン議長)
内部告発者が、回収された罰金・制裁金の一部を受け取れる制度 受け取れる割合
Int. 2600
(マロニー議員)
企業が予見できた被害で、合理的な安全策を怠り、第三者による悪用(ジェイルブレイクなど)で被害が出たとき、市民が提訴できる 賠償額の定め
Int. 2601
(ハンクス議員)
市と契約する事業者は、AIの安全上の事故を24時間以内に市のサイバー司令部へ通知し、24時間以内に公表される 対象となる契約の範囲、罰則
Int. 2603
(ウィルソン議員)
AI企業に一定の開示を求め、安全性についての虚偽・誤解を招く表示を禁じる 開示の具体的な項目

残る5本は、チャットボットのデータ保護、AI事故への市の対応計画、市職員・契約業者の内部告発保護、AI導入による雇用への影響の報告、選挙候補者などの偽動画(ディープフェイク)対策である。

読み方で押さえたいのは、Int. 2602の罰則が事業者だけでなく、検証した側にも向く点だ。検証者が「問題なし」と判断して後から事故が起きれば、検証者も責任を問われる設計になっている。名ばかりの検証を出すと、検証者自身が罰される仕組みである。

ⓘ 「市の条例案」であることの意味
この10本は、市議会に出された案の段階です。条例になるには議会の可決と市長の署名が要ります。公式発表には施行日も書かれていません。市長は、最も急ぐべき対応は国の水準にある、という趣旨の発言をしたとABC11が伝えています。市の条例が国や州の動きとどう整理されるのかも、現時点では見えていません。

4社は何を語り、何を語らなかったか

企業側の出席者は、OpenAIが政策開発・運営の責任者モーガン・ドワイヤー氏、Anthropicがフロンティアレッドチーム(最先端モデルへの攻撃的な安全試験を担う部門)のロガン・グラハム氏、Googleがアリス・フレンド氏、Metaがシェーン・ケイヒル氏だった。

CBS New Yorkの報道で見ると、冒頭の発言は各社とも安全への取り組みを述べるものだった。ドワイヤー氏は安全を非常に重く見ていると述べ、グラハム氏はデータの保護と利用者の安全が同社の安全の核だと述べた。

風向きが変わったのは、メニン議長が「危険の大きさを数字で示せるか」と迫った場面である。CBSによれば、Metaのケイヒル氏は手元に同社の枠組みがない、という趣旨で答えた。メニン議長は、これだけ深刻な危険が指摘されているのに、その大きさを定量化できないのは「控えめに言っても困った事態」だと述べている。ABC11によると、議長は別の場面で、AI業界が自主規制をするという考え方は理屈に合わない、と述べた。

01
行政が問うたのは「数字」

各社は安全への姿勢を語ったが、議会が求めたのは危険の見積もりという数字だった。ここで答えが出なかったことが、条例案の筆頭が「第三者の検証」である理由と重なる。

02
欠席が生んだ法廷闘争

召喚状を無視したSpaceXAIに対し、議長は法的措置を取ると明言した。Grokを提供する会社が、4社の中で唯一、証言台に立たなかった。

03
元研究者が語った「内側の見え方」

安全対策は後から剥がれ落ちうる、という趣旨の証言が元OpenAI研究員から出た。企業の公式見解とは別の角度から、議員に材料が渡された。

なお、今回の報道から確認できたのは出席者の発言の一部にとどまる。各社が条例案の各条に賛成したのか反対したのか、報道の範囲では明らかになっていない。

ChatGPT・Claude・Geminiの利用者に何が変わるか

結論から言えば、いま変わることはない。ただ、立場によって「いつ・何を確かめるか」が違う。

A
個人で使っている人:変わらない

ChatGPTやClaude、Geminiの料金・機能は、今回の公聴会で動いていない。条例案が通っても、どの機能が対象になるかは未定である。

B
ニューヨーク市内で業務に使う企業:条文の「使う」の範囲が焦点

Int. 2602は「売る」だけでなく「使う」前の検証を求めると発表されている。社内でAIを使う企業まで含むのか、AIを提供する側に限るのかは、発表からは分からない。ここが分かれ目になる。

C
AIを自社サービスに組み込む事業者:検証と提訴の両方を意識する

Int. 2602は検証者にも罰を科し、Int. 2600は悪用された場合の提訴を認める案になっている。提供元のAIをそのまま組み込んだ場合に、責任がどこまで自社に及ぶかは、契約の書き方に左右される。

💡 ニューヨークに拠点のある企業が、いま確認できること
AIの提供元との契約に、事故が起きたときの通知条件と、人間が止められる仕組みの有無が書かれているかを見てください。条例案がそのまま通っても通らなくても、この2点は他の州や国の規制でも問われやすい項目です。条文の確認先は、ニューヨーク市議会の公開システムで、Int. 2602の本文です。

編集部の見立て

Editor's Opinion

この公聴会でいちばん意味があったのは、4社が何を言ったかよりも、議会が「危険を数字にできるか」を問うたことだと考えます。これまでAIの安全は、各社が自分で基準を決めて自分で報告する世界でした。そこへ、第三者の検証を売る前提にするという発想が、市の議会から出てきたことになります。

条例案の実現性には、疑問が残ります。「使う」前の検証が何を指すのかが曖昧なままでは、事業者は対応のしようがありません。市の条例が全国で動くAIをどこまで縛れるのかという、法的な壁もあるはずです。通ると決めつけるのは早すぎます。

それでも、AIを選ぶ側にとっては見落とせない動きだと思います。同じ種類の案が、州の議会や他の都市に広がる可能性があるからです。検証を受けたかどうかや、事故の通知を約束しているかが、モデルの性能や価格と並ぶ選択の基準になる日が来るかもしれません。ただ、そうなるかは、いまの時点では誰にも分かりません。

まとめ

ニューヨーク市議会は2026年10月5日、AIの安全をめぐる公聴会を開き、OpenAI、Anthropic、Google、Metaの4社が宣誓のうえで証言しました。召喚状を受けたSpaceXAIは出席せず、市議会は法的措置を取る考えを示しています。

議会が9月25日に発表した10本の条例案の筆頭は、AIシステムを市内で売る・使う前に第三者の検証を受けさせ、人間が止められるキルスイッチを備えさせるものです。違反は1件につき2万5,000ドルで、事業者と検証者の双方が対象です。

案の段階であり、対象となるAIの範囲や施行日は公式発表に書かれていません。個人の利用に変化はなく、ニューヨーク市内で業務にAIを使う企業は、条文の「使う」の範囲を確認する必要があります。

確認すべきは、Int. 2602の条文で「使う」がAIの提供側だけを指すのか、社内で導入する企業まで含むのかという一点だ。これまでに確認できた報道には、採決の日程は示されていない。