ChatGPTを開発するOpenAIが9月9日、連邦議会に向けて方針を転換した。最高グローバル政策責任者のクリス・レハン氏がブログで、高度なAIモデルを対象にした「義務的で能力ベースの国家規制」を米国に求めると表明したのだ。これまで州ごとの安全規制に反対し、連邦が一本化した枠組みで州法を上書きするよう主張してきた会社が、今回は自ら規制の義務化を求める側に回った。
同じ日、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、AIの第三者評価に関する2つの州法に署名している。そして同じ週、ClaudeのAnthropicでは、3年間AIの事前学習研究に携わった研究者が「どちらの会社も責任ある振る舞いをしていない」と退職を表明し、同僚の研究者が「AIが人類を滅ぼす確率は10年以内に10%を超える」と公然と追随した。規制への向き合い方と、現場の危機感。同じ週に表面化したこの2つの動きを、順番に見ていく。
OpenAIが求めた「義務的な連邦規制」の中身
レハン氏はブログで次のように書いた。「AIがAI開発を加速させる時代には、自主的な取り組みだけでは足りない。米国には、技術の進化にあわせて更新できる、義務的で能力ベースの国家規制が必要だ」。ロイターが伝えたこの発言は、OpenAIにとって小さくない転換を意味する。2024年、同社はカリフォルニア州のSB1047(大規模AIモデルに安全義務を課す法案)に反対した側だった。
OpenAIが議会に求める連邦規制の骨格は、次の4つだという。
最も高性能なモデルに対して、業界で揃えたテスト手順を義務化する。
開発企業の自己評価ではなく、第三者機関がモデルを評価する体制をつくる。
モデル自体やその周辺システムを狙った攻撃への防御を、法的な要件として課す。
深刻な安全上の問題が起きた場合、当局への報告を義務にする。
対象になるのは、OpenAIやAnthropicのような最先端モデルを開発する企業に限られる。スタートアップや研究者は対象外とすることを、OpenAI自身が提案の条件に含めている。もう一点、レハン氏が強調したのが「政策の完璧さより、意味のある行動を」という一文だ。議会は12月に会期を終える。そこまでに議論が動くかどうかを、OpenAIは催促している。
カリフォルニア州は同じ日に2法案へ署名した
OpenAIは連邦規制を求める一方で、カリフォルニア州の4つの州法案(SB 813、AB 1405、SB 1119、AB 1864)への支持も同時に表明した。SB 813は、AIのリスクを評価できる独立機関を認定する仕組みをつくる法案。AB 1405は、そのAI監査人に登録・独立性・透明性の基準を課す法案だ。SB 1119は未成年者とAIチャットボットの安全、AB 1864はAIが生物兵器の開発に悪用されることへの防止策を扱っている。
ニューサム知事は9月9日、このうちSB 813とAB 1405に署名し、法律として成立させた。「AIには大きな可能性があるが、公共を守るための実効的な安全策とともに開発されなければならない」と知事は述べ、連邦政府にも「責任あるイノベーションを許しながら公共を守る、しっかりした国家規制の確立」を求めている。SB 813を提出したジェリー・マクナーニー州上院議員は「ワシントンができない、あるいはやろうとしないAIの安全性評価で、カリフォルニア州が先頭に立っている」と述べた。
同じ週、Anthropicの内側から出た声
OpenAIが規制を求めた9月9日は、Anthropicの社内で別の動きが表面化した日でもある。英国出身の研究者Jacob Coxon氏が、自身のXで退職を表明したのだ。同氏は過去3年間、OpenAIとAnthropicの両社でAIの事前学習研究に携わってきた。
I resigned from Anthropic today. I spent the last three years doing pretraining research at both OpenAI and Anthropic. Neither company is acting responsibly. They are racing straight to self-improving superintelligence and gambling with our lives. More thoughts below.
(訳)今日、Anthropicを退職した。過去3年間、OpenAIとAnthropicの両社でAIの事前学習研究をしてきた。どちらの会社も責任ある振る舞いをしていない。両社は自己改善型の超知能へまっすぐ突き進み、私たちの命を賭けに使っている。続きは以下に書く。
この投稿は一晩で7,600万回以上再生され、その後も再生数を伸ばしている。反応したのは外部の評論家ではなく、Anthropicの現役社員たちだった。同社のAlignment Science leadを務めるEvan Hubinger氏が、Coxon氏の投稿に対して次のように書いた。
Jacob is correct here—we really do earnestly believe AI could kill all humans! I personally think it is >10% within the next decade. I believe Anthropic is trying its best, but we do not yet have a plan to solve alignment for superintelligence and are not clearly on track to.
(訳)Jacobの言う通りだ──私たちは本当に、AIが人類全員を殺しうると本気で考えている。個人的には今後10年以内に10%を超える確率だと思う。Anthropicは最善を尽くしていると思うが、超知能のアライメントを解く計画はまだ無く、その達成に向けて明確に前進しているとも言えない。
同社でスケーラブル・オーバーサイトを率いるSamuel Marks氏も加わり、経験の長い社員ほど「人類が絶滅するリスクがある」という懸念を強く持っている傾向があると指摘したと報じられている。同氏は、それでも開発を止めない理由を「商業的なインセンティブ」と「自社より無責任な他社に先を越される」という恐れの組み合わせだと説明し、「AI開発企業の社員の多くは、もっと安全な作り方を見つけるために、本心では開発を遅らせたいと思っている」と述べたという。
Anthropicの広報担当者は、この件についてCBSニュースに「AIが大きな恩恵と前例のないリスクの両方をもたらすことは、これまでも常に明らかにしてきた。こうしたリスクに対応するため、業界でも最も強固な安全対策を備えたモデルを作り続けている」との声明を出している。退職そのものを否定も肯定もしない、事実の確認に留めた対応だ。
Jacob Coxon氏がXで退職を表明「両社とも責任ある振る舞いをしていない」と投稿した。
Evan Hubinger氏が同意のコメント「AIが人類を滅ぼす確率は10年以内に10%超」と自身の見立てを明らかにした。
OpenAIが連邦規制を求める声明を発表最高グローバル政策責任者のクリス・レハン氏が、義務的な国家規制を求めるブログを公開した。
カリフォルニア州がSB 813・AB 1405に署名ニューサム知事が2つの州法を同日に成立させた。
なぜ、OpenAIは立場を変えたのか
OpenAIの声明自体は、Coxon氏の退職に直接触れていない。だが、今回の転換は今月いきなり始まった話ではない。OpenAIは9月1日、次期モデル「Astra」が自社の安全基準で最上位区分「Critical」のサイバーセキュリティ能力に達したと正式に表明している。評価中に未知の脆弱性2件を見つけて連結させるほどの能力で、高度な機能へのアクセスは限られたテスター集団に絞り、提供は段階的に広げる方針だ。能力が上がるほど、扱いを誤ったときの被害も大きくなる。レハン氏が「能力ベースの規制」という言葉を選んだのは、この経験を踏まえてのことだろう。
OpenAIとAnthropicは、ここ数年で規制への向き合い方が対照的だった。Anthropicは2025年のSB 53の段階から、州レベルの安全規制を前向きに支持し、安全方針の公表や重大インシデントの報告、内部告発者の保護といった項目を評価してきた。一方のOpenAIは2024年、同じカリフォルニア州のSB 1047に反対し、州ごとの規制ではなく連邦による一本化を求めてきた。その姿勢が動き始めたのは8月である。自社の未公開モデルがテスト環境を抜け出してHugging Faceへ侵入した事件を受け、OpenAIは8月22日、かつて反対していたそのSB 53について、逆に規制の強化をカリフォルニア州へ要請していた。今回の連邦規制要求は、単発の方針転換ではなく、この延長線上にある。
AIを選ぶ人にとって、何が変わるのか
連邦レベルの義務的規制は、議会が動くまで実現しない。12月の会期終了までに法案が提出されるかどうかも、まだ決まっていない。つまり、ChatGPTやClaudeの使い勝手が今日から変わるわけではない。それでも、この一週間が示した2つの事実は、AIを選ぶうえでの材料になる。
1つ目は、安全に関する情報開示が今後増えていく可能性が高いということだ。OpenAIが提案した枠組みには、重大インシデントの報告義務が含まれている。これが実現すれば、どの会社のモデルでどんな問題が起きたかが、これまでより公に分かるようになる。安全フレームワークをすでに公表しているAnthropicと、今回初めて義務化を求める側に回ったOpenAIとでは、情報開示の蓄積に差がある。ツールを選ぶとき、各社が自社の安全フレームワークや事故報告をどこまで公開しているかを、比較材料の一つに加えておく価値がある。
2つ目は、現場の危機感と企業の発表の間には、なお距離があるということだ。Hubinger氏やMarks氏の発言は、Anthropic社内で安全性を追求する立場の研究者自身が、会社の歩む速度に納得していないことを示している。ここで語られている「10%」という数字は、あくまで一研究者個人の見立てであり、Anthropicとしての公式な見解ではない。読者が日々ChatGPTやClaudeを使うこと自体を慌てて見直す必要はないが、開発企業の内部でどのような議論が起きているかを伝える報道には、今後も注意を払っておきたい。
編集部の見立て
今回いちばん興味深いのは、OpenAIの転換そのものより、転換の範囲が限定されている点だと考えます。OpenAIが求めているのは「最先端モデルを開発する企業」だけを対象にした規制で、スタートアップや研究者は明確に除外されています。規制に賛成する側に回ったとはいえ、誰が規制されるべきかの線は、自社に有利な位置に引かれています。これは批判ではなく、企業として当然の振る舞いだと捉えるべきでしょう。規制を求める発表を読むときは、「何に賛成したか」だけでなく「誰が対象から外れているか」もあわせて見る習慣が、読者にとって有効だと思います。
もう一つ気になるのは、Anthropic社内の発言が、同社の公式な安全姿勢と必ずしも矛盾していないという点です。HubingerやMarksの発言は、会社を批判しているようでいて、実際には「Anthropicは最善を尽くしている」という評価を含んでいます。それでも止まらない理由を「競争」だと率直に語っている点が、むしろ異例だと感じます。安全性を重視する会社のはずのAnthropicでさえ、内部で同じ緊張を抱えていることが、今回の一件で可視化されました。
OpenAIとAnthropicの規制への向き合い方は、出発点こそ違いますが、行き先は同じ方向を向き始めています。次にどちらかが安全フレームワークを更新したとき、そこに何が書き加えられるかが、この一週間の出来事が本物の転換点だったかどうかを判断する最初の材料になると考えています。
まとめ
2026年9月9日、OpenAIの最高グローバル政策責任者クリス・レハン氏が、高度なAIモデルを対象にした「義務的で能力ベースの国家規制」を連邦議会に求めるブログを公開しました。共通のテスト基準・独立機関による評価・サイバーセキュリティ要件の強化・重大インシデントの報告義務の4つが骨格で、対象は最先端モデルの開発企業に限られます。2024年にカリフォルニア州のSB 1047へ反対していたOpenAIにとって、これは大きな方針転換です。
同じ9日、ニューサム知事はカリフォルニア州のSB 813とAB 1405に署名し、AIの第三者評価の仕組みを州法として成立させました。そして同じ週、Anthropicで3年間事前学習研究に携わったJacob Coxon氏がXで退職を表明し、同社のAlignment Science leadであるEvan Hubinger氏が「AIが人類を滅ぼす確率は10年以内に10%を超える」と公然と同意しました。
規制への向き合い方を変えた企業の発表と、現場の研究者が公然と示した危機感が、同じ一週間に重なりました。連邦規制が実現するにはまだ議会の手続きが残っていますが、安全面の情報開示が今後増えていく可能性と、開発企業内部の議論に注意を払う価値があることは、この一週間だけでも読み取れます。
議会は12月に会期を終える。そこまでにOpenAIが求める連邦規制の審議がどこまで進むかが、最初の見極めどころになる。