OpenAI が8月25日、自社で設計した推論専用チップ「Jalapeño(ハラペーニョ)」の測定結果を初めて公表した。比較相手はNVIDIAの現行世代Blackwell。1ワットあたりの処理量で最大1.9倍、応答が返り終わるまでの時間で最大3.6分の1という数字が並んでいる。
チップの話は、ふつう読者の生活からは遠い。今回は少し違う。AIの利用料金の原価は、突き詰めれば「推論を回す電気とハードウェアの代金」で、その大半はGPUの購入費が占める。そしてGPUの値段には売り手の粗利が乗っている。翌26日に発表されたNVIDIAの四半期決算では、その粗利率が75.0%だった。あなたが払うトークン代の内訳には、この数字が入っている。
同じ発表資料は、その原価をいつ下げるつもりかも書いている。2026年末に少量、本格展開は2027年。つまりこの話が値札に届くのは、早くても来年である。
Jalapeñoとは──OpenAIがBroadcomと組んだ推論専用チップ
Jalapeñoは、OpenAIが半導体大手のBroadcomと共同で設計したチップだ。用途は推論に絞られている。推論とは、学習済みのモデルに質問を投げて答えを返させる処理のことで、私たちがChatGPTに文章を打ち込むたびに走っているのがこれにあたる。モデルを一から鍛える「学習」とは、必要な計算の形がまったく違う。
汎用のGPUは学習も推論も両方こなす。そのぶん、推論だけを見れば使われない回路を抱えている。用途を1つに固定した専用チップ(ASIC)はその無駄を削れるかわりに、ほかのことができない。OpenAIとBroadcomの取り組みが公になったのは2025年10月で、そこから実測値が出るまでに10か月ほどかかった計算になる。基板やラックへの組み上げはCelesticaが担当していると説明されている。
NVIDIA Blackwellとの比較──1ワットあたり1.5〜1.9倍の中身
数値が示されたのは、半導体技術者が集まる年次イベントHot Chipsの場である。測定に使われたのは、半導体調査会社SemiAnalysisが公開している「InferenceX」というベンチマークだ。1つの質問を投げてから答えが返り終わるまでの一連の処理をまとめて測り、処理量・消費電力・待ち時間を同時に見る作りになっている。対象のモデルは、OpenAI自身が公開しているGPT-OSS 120B、中国発のDeepSeek R1 670B、同じく中国発のKimi K2.5 1Tの3つである。
| モデル | Jalapeño | NVIDIA | 倍率 |
|---|---|---|---|
| GPT-OSS 120B | 85,448 | 44,960(GB200) | 1.9倍 |
| DeepSeek R1 670B | 19,641 | 11,781(GB300) | 1.7倍 |
| Kimi K2.5 1T | 18,195 | 11,862(GB300) | 1.5倍 |
単位は「mixed TPS/kW」、つまり1キロワットの電力で毎秒どれだけのトークンを処理できるかを表す。電力あたりの数字なので、消費電力の大小はすでに割り算に織り込まれている。
もうひとつ公表されたのが、応答が返り終わるまでの時間である。GPT-OSS 120Bでは1.03秒に対しGB200が1.80秒、DeepSeek R1では1.65秒に対しGB300が5.99秒、Kimi K2.5では1.56秒に対しGB300が5.31秒。差がいちばん開いたのは、モデルが大きくなったときだ。OpenAIによれば、利用者が短いやりとりを頻繁に繰り返すような使い方では、差はさらに2.1倍から4.1倍まで広がるという。
消費電力の実数も出ている。Jalapeñoはパッケージ単位で700ワット、比較対象のGB200は1,200ワット、GB300は1,400ワットという定格だ。データセンターは電力の総量で建物の規模が決まるので、同じ電力枠でより多くの処理を回せることは、そのまま置ける台数の話になる。
この数字の但し書き──誰が測り、何を測っていないのか
ここまでの数字は派手だが、そのまま鵜呑みにできる性質のものではない。むしろ興味深いのは、但し書きの多くをベンチマークを作った側であるSemiAnalysisが自分で書いていることだ。
SemiAnalysisは自社のラボで一部を確認したものの、ベンチマーク一式を最後まで回したわけではないと説明している。第三者が同じ条件で再現した結果は、現時点で出ていない。
JalapeñoはHBM4という新しい世代のメモリを積んでいる。同じHBM4を使うNVIDIAのRubin世代が本来の比較相手で、Blackwellとの比較はJalapeñoに有利な条件になっているとSemiAnalysisは指摘している。
測定条件は入力8,000トークン・出力1,000トークン程度の短いやりとりに限られる。AIエージェントが何時間も自律的に作業するような、実務でいま増えている使い方は対象外だ。
数万台規模で並べたときの故障率、冷却、ソフトウェアの成熟度、そして設備全体を含めた総コストは検証されていない。ベンチマークで速いことと、安く安定して回り続けることは別の問題である。
推論コストはなぜ「あなたのAI料金」の話なのか
AIの利用料金は、突き詰めればハードウェアと電気の代金である。そしてそのハードウェアは、いまのところほとんどがNVIDIAから買ったものだ。ここに、この記事でいちばん具体的な数字が入ってくる。
NVIDIAが8月26日に発表した2027会計年度第2四半期(7月26日締め)の決算は、売上高962億ドル、前年同期比106%増だった。うちデータセンター部門が890億ドルで、こちらは117%増。そして粗利率は米国会計基準・調整後ともに75.0%である。次の四半期の見通しは売上高1,080億ドル、粗利率74.0%とされた。
粗利率75.0%とは、NVIDIAに100ドル支払うと、製造原価を差し引いたあとに75ドルが同社に残るという意味だ。買う側から見れば、支払っている額の4分の3は、部品代でも組立代でもないということになる。OpenAIやAnthropicのような事業者にとって、自社チップに置き換えるという選択は、この75ドルの一部を自分の側に取り戻す動きにあたる。Jalapeñoが6月に披露された際には、一般的なAI向けGPUに比べて推論コストがおよそ半分になるとの見方が報じられていたが、算出の根拠は公表されておらず、独立した検証もない(※観測)。
同じことを考えているのはOpenAIだけではない。Claudeを提供するAnthropicは8月に自社チップの設計チームを新設しており、GoogleはすでにTPUを自社で回している。上位モデルの賢さで競う一方、その裏側では原価をどこまで自社で握れるかという競争が並行して進んでいる。
いつ請求書に届くのか──年末は少量、本格展開は2027年
ここが読者にとっていちばん実務的な部分になる。結論から言えば、今日明日の料金は動かない。
BroadcomとOpenAIの取り組みが公になる 推論向けの専用チップを共同で設計することが明らかにされた。
初の測定結果を公表 InferenceXベンチマークでの数値が示され、1ワットあたりの処理量でBlackwell比1.5〜1.9倍と説明された。
自社インフラで展開開始(予定) OpenAIは自社の計算基盤へ少量から導入すると説明している。外部向けに売るチップではない。
本格展開(予定) 規模を広げる時期として示されている。Jalapeñoは複数世代にわたる計画の第1世代と位置づけられている。
もうひとつ押さえておきたいのは、OpenAIがNVIDIAからの購入をやめるとは言っていない点だ。同社は学習と推論の両方で他社製アクセラレータを引き続き広く使うと説明している。学習用途は当面GPUのままで、置き換えの対象になるのは推論の一部にとどまる。
したがって、値下げが起きるとしても順番がある。原価が下がって最初に動くのは、価格競争がいちばん激しい下位モデルのAPI単価だ。ChatGPTの月額プランのような定額サービスは、原価とは別の理屈で値付けされているので、連動するとは限らない。GitHub CopilotやCursorのようにモデルを仕入れて売るツールでは、仕入れ値の低下が利用者に降りてくるまでにさらに時間差が入る。
編集部の見立て
今回の発表で目を引くのは1.9倍という数字ですが、より重要なのは「第1世代でこの位置に来た」という事実のほうだと考えています。専用チップは普通、最初の1枚では汎用GPUに届きません。ソフトウェアが未成熟で、実運用の癖も分かっていないからです。その最初の1枚が、条件付きとはいえ現行世代と比較できる土俵に乗ってきました。
一方で、この数字が持つ意味を大きく取りすぎないほうがよいとも思います。比較相手が1世代前であること、測定条件が短いやりとりに限られること、そして数値がすべて当事者から出ていること。この3つは、ベンチマークを作った側自身が並べている留保です。作った側が自分で但し書きを書いているという構図は、むしろ数字の扱い方として健全に見えます。
読者にとっての意味は、少し先の話になります。AIの利用料金がこの1年下がり続けてきた原資は、技術的な改善と、シェアを取るための持ち出しの両方でした。自社チップは前者を増やす方向の投資で、うまくいけば持ち出しに頼らない値下げが可能になります。ただし、その効果が出るのは2027年以降です。いま提示されている安い単価が、来年も同じ理由で安いとは限りません。
そしてNVIDIAの側は、少なくとも今回の決算では揺らいでいません。粗利率75.0%、次の四半期の見通しも74.0%です。自社チップの話は毎年のように出てきますが、業績の数字にそれが現れるまでには、まだ距離があります。
まとめ
2026年8月25日、OpenAIが自社設計の推論専用チップJalapeñoの測定結果を初めて公表しました。SemiAnalysisのInferenceXベンチマークで、1ワットあたりの処理量はNVIDIA Blackwell比1.5〜1.9倍、応答が返り終わるまでの時間は最大3.6分の1という内容です。
ただし数値はすべてOpenAI自身が測定して提出したもので、第三者の再現検証はありません。比較相手はメモリ世代が1つ前のBlackwellで、測定条件も入力8,000トークン程度の短いやりとりに限られます。長時間のエージェント処理や、大規模に並べたときの総コストは対象外です。
料金への影響は時間差があります。OpenAIは2026年末に自社インフラへ少量を導入し、本格展開は2027年としており、NVIDIA製品の購入も続けると説明しています。翌26日に発表されたNVIDIAの四半期決算は売上高962億ドル・粗利率75.0%で、次の四半期の粗利率見通しは74.0%でした。
いま確認する価値があるのは、自分が使っているAPI単価が標準価格なのか期間限定の販促価格なのか、という区別のほうです。
NVIDIA自身が示した次の四半期の粗利率見通しは74.0%だった。今回のチップが本当に価格を動かす力を持つのなら、それが最初に現れるのは推論の値札ではなく、この一行のほうである。