OpenAI とMicrosoftを相手取ったニューヨーク・タイムズ(NYT)の著作権訴訟に、米司法省(DOJ)が加わった。9月1日、南ニューヨーク地区連邦裁判所に「意見書」を提出し、AIモデルの学習は著作権法上のフェアユース(公正利用)に当たるという立場を示したのだ。AIの学習をめぐる著作権訴訟に、米政府が正式な見解を示すのはこれが初めてである。

これは判決ではない。それでも見過ごせない理由は、タイミングにある。原告・被告の双方は本日9月4日までに、この訴訟の行方を大きく左右する略式判決の申し立てを提出する予定だ。政府の意見書は、その直前に置かれた一石になる。

⚠ 情報の鮮度について
一次情報は米司法省が2026年9月1日(火)に提出した意見書で、Bloomberg LawとWashington Postが9月2日に報じ、IPWatchdog・TechTimes等が9月3日に詳細を伝えています。本記事公開時点で一次報道から2〜3日が経過しています。意見書はスタイン判事の判断を拘束しないものであり、本記事執筆時点で判決や和解は出ていません。

何が起きたのか──米司法省が提出した意見書

NYTがOpenAIとMicrosoftを著作権侵害で提訴したのは2023年12月にさかのぼる。記事を無断で学習に使われ、ChatGPTに記事の文章をほぼそのまま出力させられる、というのが訴えの骨子だ。訴状には、ChatGPTに記事の書き出しを尋ね、「次の一文は」「その次は」と質問を重ねることで元記事とほぼ一致する文章を引き出した実例が100件近く添えられている。OpenAIはこれを「まれなバグ」と説明し、NYT側が意図的に誘導した結果だと反論してきた。この訴訟は他の新聞社・著者らの同種訴訟とともに一つの多地区訴訟(MDL)にまとめられ、シドニー・スタイン判事が審理している。2025年4月4日には、OpenAI側の却下申し立ての大部分が退けられ、訴訟は本格的な争点整理の段階に入った。

そこへ9月1日、米司法省が意見書を提出した。当事者ではない政府が訴訟に加わる正式な手段で、法的な拘束力は持たないが、政府の考え方を裁判所に伝える書面である。主張の骨格は明快だ。著作物を使ってAIモデルを学習させる行為は「著しく変容的」であり、記事を読者に読ませる目的とはまったく別の使われ方をしている。ここでライセンス取得を一律に義務付ければ、体力のある一握りの企業しか市場に残れない参入障壁になり、米国のAI産業の競争力と安全保障を損なう。司法省はそう論じている。

9/1 米司法省が意見書を提出した日
AI学習の著作権訴訟に政府が立場を示すのは
9/4 双方が略式判決を申し立てる期日(本日)
一言でまとめると──米政府が「AIの学習はフェアユース」という業界寄りの立場を、初めて裁判所に文書で示しました。ただしこれは判決ではなく、判断するのはあくまでスタイン判事です。

「意見書」と「判決」はどう違うのか

司法省が出したのは正式には「ステートメント・オブ・インタレスト」と呼ばれる書面で、政府が原告にも被告にもならずに、法廷へ自分たちの立場だけを伝える手続きだ。同種の書面は独占禁止法や労働法の訴訟でも使われてきたが、AIの著作権学習をめぐって使われたのは今回が初めてになる。書面そのものに強制力はなく、スタイン判事がこれを無視して判断することもできる。それでも今回の意見書が軽視できない理由は、少なくとも三つある。

01
政府として初の見解

AI各社の著作権訴訟は今年に入って各地で相次いでいるが、連邦政府がどちらかに肩入れする文書を出したのは今回が最初だ。今後の同種訴訟でも参照されうる先例になる。

02
判断の直前というタイミング

意見書が出た3日後の本日、原告・被告の双方が略式判決の申し立てを提出する。裁判官が争点を絞り込む、まさにその局面に置かれた書面である。

03
他の訴訟にも波及する主張

意見書はNYTの訴訟を主な対象にしつつ、著者・出版社らが起こした関連訴訟にも同じ論理が当てはまると述べている。一つの事件にとどまらない射程を持つ。

米司法省で公民局を率いるスタンリー・ウッドワード次官補は、AIでの優位性が米国民の安全保障・繁栄・経済的発展を後押しするために重要だという趣旨の説明をしたと報じられている。政府の狙いが、著作権法の解釈そのものというより、AI産業の育成という産業政策にあることをうかがわせる発言だ。

NYTの反発と、今日提出される書面

NYT側は即座に反発した。広報担当者は、政府が「兆ドル規模のAI企業」の側に立ち、対価も許諾もないままコンテンツを使わせようとしていると批判し、それは人が作るコンテンツを支える土台を壊しかねないという趣旨のコメントを出したと報じられている。著者や出版社を支援するオーサーズ・ギルドなど業界団体からも、同様の懸念が示されている。

そして本日9月4日、原告のNYT側・被告のOpenAI/Microsoft側はそれぞれ、この訴訟の帰趨を左右する略式判決の申し立てを裁判所へ提出する予定だ。略式判決とは、事実関係に争いがない部分について陪審審理を経ずに裁判官が法律判断だけで結論を出す手続きで、双方とも「自分たちの主張どおりに全面的な勝訴を認めてほしい」という内容の書面をぶつけ合うことになる。司法省の意見書は、この提出物にどちらの側からも引用される可能性が高い。

ⓘ この訴訟だけの話ではない
NYTの訴訟は、他の新聞社や著者・出版社が起こした同種訴訟とまとめて一つの多地区訴訟として審理されています。今回の意見書はNYTの案件を主な対象にしていますが、司法省自身が「同じ論理は関連訴訟にも当てはまる」と述べており、スタイン判事の判断はこのMDL全体の行方に影響します。

Anthropicの15億ドル和解と何が違うのか

AI企業の著作権訴訟といえば、Claudeを開発するAnthropicが結んだ15億ドルの和解を思い浮かべる読者も多いだろう。だが今回の意見書が扱っているのは、Anthropicの事件とは異なる争点である。この違いを理解しておくと、司法省の主張がどこまでの射程を持つのかが見えてくる。

Anthropicの事件(Bartz対Anthropic)では、北カリフォルニア地区のウィリアム・アルサップ判事が2025年6月23日、二つの行為を切り分けて判断した。著作物を使ってAIモデルを学習させる行為そのものは「著しく変容的」でフェアユースに当たる、という判断は今回の司法省の主張とほぼ同じ方向だ。ところが、Anthropicが海賊版サイトから集めた700万冊超の書籍を、学習用の恒久的な蔵書として保存していた行為については、フェアユースに当たらないと判断された。問題になったのは学習という行為ではなく、著作物をどう入手し保管したかという別の論点だったのだ。この後者の争点をめぐって、Anthropicは著者・出版社らと15億ドルで和解し、2026年7月20日に最終承認された。対象は推定50万点の著作物で、1点あたり3,000ドルの算定である(50万点×3,000ドル=15億ドルと、内訳も金額も一致する)。

NYTの訴訟が問うているのは、学習という行為そのものが侵害に当たるかどうかであり、Anthropicの事件のように「入手経路が海賊版だったかどうか」が争点の中心ではない。司法省の意見書はまさにこの「学習行為そのもの」を擁護する内容で、アルサップ判事の判断のうち学習を支持した部分を後押しする形になっている。もし司法省の主張どおりにスタイン判事が判断すれば、NYTの主張の土台そのものが崩れることになる。逆にNYTが主張するように、ChatGPTが記事をほぼそのまま出力できてしまう点を「学習の範囲を超えた複製」と判断されれば、Anthropicの事件とは別の理由でOpenAI側が不利になる。

💡 読者にとっての意味
業務利用でAIベンダーを比べるなら、この違いを「学習の合法性」と「データの入手・保管の適法性」の2層に分けて見るのがおすすめです。前者はAI業界全体に共通する争点で、司法省の意見書が示すとおり業界寄りの決着に向かう可能性があります。後者は各社の運用次第で結果が変わる、個別リスクの領域です。

政府とOpenAI、もうひとつの距離

今回の意見書には、もう一つ触れておくべき背景がある。OpenAIはトランプ政権との間で、自社株の一部(報道では5%程度とされる)を米政府に提供する案を協議していると、2026年7月に報じられた。※観測の段階であり、この提案が実際にどのような形で決着したかは本記事執筆時点で確定情報がない。

もしこの種の枠組みが実現すれば、政府がAI企業の株主であると同時に規制当局でもあるという状態が生まれる。今回の意見書のように、政府がAI企業に有利な法解釈を裁判所へ示す場面では、その立場の独立性そのものが問われることになる。政策研究者からは、規制する側とされる側の利害が同じ財布に入ることへの懸念がすでに指摘されている。司法省の意見書自体は独占禁止法や労働訴訟でも使われてきた通常の手続きだが、株式保有という具体的な利害関係が重なったときに同じ手続きがどう見えるかは、また別の話である。

編集部の見立て

Editor's Opinion

今回の意見書そのものは、法的には「参考意見」にすぎません。それでも編集部が注目するのは、Anthropicの15億ドル和解という「学習行為自体は問題にならなかった前例」の直後に、政府がその論理を明文で後押しした点です。AIの学習が違法とされるリスクは、この一年でむしろ小さくなる方向に動いています。

一方で、NYTが最初から問題にしてきたのは「学習」そのものよりも、「元の文章がほぼそのまま出てくる」という現象です。学習がフェアユースだと認められても、出力の段階で著作権を侵害しているかどうかは、また別に判断されうる論点として残ります。司法省の意見書は前者にしか触れていません。

読者にとっての実利という点では、業務でChatGPTやClaudeのようなAIを使う側に、今日どうこう変わることはありません。変わりうるのは、AI企業が抱える「学習が違法だと判断されて事業が止まるリスク」の大きさで、それは各社の値付けやサービス継続性の前提に影響する種類のものです。自分が使っているツールの提供元が、こうした訴訟でどちら側に立たされているかを知っておくことには意味があります。

まとめ

米司法省は2026年9月1日、NYT対OpenAI・Microsoft訴訟に意見書を提出し、AIモデルの学習はフェアユースに当たるという立場を示しました。政府がAI学習の著作権訴訟に見解を示すのはこれが初めてです。意見書に法的拘束力はなく、判断するのはスタイン判事です。

Anthropicが2026年7月に確定させた15億ドルの著作権和解は、学習行為そのものではなく、海賊版書籍700万冊超を保存していた点が問題になったものでした。NYTの訴訟が争っているのは学習行為そのものの適法性で、司法省の意見書はこちらを直接後押しする内容です。

本日9月4日、原告・被告の双方がこの訴訟の帰趨を左右する略式判決の申し立てを提出します。次に動きが表面化するのは、この書面を受けたスタイン判事の判断です。

同じ著作権をめぐる係争でも、Anthropicのケースは「入手経路」が問われ、OpenAIのケースは「学習行為そのもの」が問われている。この違いを押さえておくと、今後どのAI企業にどんな訴訟リスクがあるかを、報道の見出しだけより一段深く読み解けるはずだ。