日本語だけに的を絞ったAIに、人はいくら払うのか。先週の8月3日、その問いに一つの値札がついた。

東京のAIスタートアップ Sakana AI が、日本語に特化した大規模言語モデルのAPI「Sakana Namazu」の提供を始めた。料金は100万トークンあたり入力0.95ドル・出力4.00ドル。無料チャット「Sakana Chat」の裏で動いていたモデルを、外部の開発者が自分のプログラムから呼び出せる形に切り出したものだ。

ここまでなら「国産AIが一歩進んだ」という話で終わる。ところが公式の説明を読み進めると、別の顔が出てくる。このモデルの土台は、中国のMoonshot AIが4月に公開したオープンウェイトモデル「Kimi K2.6」である。しかも3月に出たα版のときは、土台はDeepSeek・Llama・gpt-ossの3系統だった。製品名はそのままに、中身の下半分が半年で入れ替わっている。

「日本語に強いAI」を選ぶとき、私たちは何を選んでいるのか。値札と土台を並べて確かめていく。

⚠ 情報の鮮度について
一次情報はSakana AIの公式発表(2026年8月3日)です。本記事は公開からおよそ3日後の時点で、速報ではなく「選ぶ側にとって何を意味するか」の解説として書いています。価格・仕様は2026年8月6日時点の公表値で、比較に使った他社のAPI価格も同日時点のものです。ベンチマークの数値はいずれもSakana AI自身の公表値であり、第三者による再現検証は確認できていません(※観測)。

Sakana Namazuとは何か──無料チャットの中身がAPIになった

Sakana AIは2023年に東京で創業したAI企業だ。元Googleの研究者が立ち上げ、巨大なGPU投資で規模を競うのではなく、小さなモデルを組み合わせる「進化的モデルマージ」という独自路線で知られてきた。日本発のAIユニコーンとして名前を聞いたことがある人も多いだろう。

同社は2026年3月24日、日本仕様に調整した試作モデル「Namazu」と、それを使える無料チャット「Sakana Chat」を公開した。今回のAPI提供は、その延長にある。Sakana Chatの公開後に「自社のプロダクトやワークフローからAPI経由でモデルを使いたい」という要望が多く寄せられたため、というのが同社の説明だ。日本語で業務に使えるLLM APIの選択肢が限られている、という現状認識も添えられている。

ℹ トークンとAPI、2つの言葉だけ先に
トークンは、AIが文章を処理するときの最小単位です。日本語なら1文字がおおむね1〜2トークンにあたります。API価格はこの100万トークンあたりの金額で示されるのが業界の慣習です。APIは、チャット画面を経由せずプログラムから直接AIを呼び出す入口のこと。社内システムに組み込んだり、大量の書類を自動で処理させたりする使い方は、こちら側の話になります。

技術的に注目されたのは、OpenAI互換のAPIとして提供された点だ。すでにOpenAI向けに書かれたプログラムなら、接続先のアドレス(base_url)とAPIキーを書き換えるだけで、Namazuに切り替えられる。SDKを入れ替える必要がない。乗り換えの手間がほぼゼロという設計は、価格で勝負するモデルにとって効果の大きい選択になる。

機能面では、Web検索とコード実行がビルトインのツールとして用意されている。ただしこの2つはトークン料金とは別建ての課金だ。Web検索は呼び出し1回ごと、コード実行は応答が終わるまでのサンドボックス稼働時間ごとに加算される。月額料金や初期費用はなく、使った分だけの従量課金である。

Sakana Namazuの料金は入力0.95ドル・出力4.00ドル

値札を、他社と同じ物差しの上に置いてみる。以下はすべて100万トークンあたりの公表価格だ。

モデル(100万トークンあたり) 入力 出力
GPT-5.6 Luna(7/30の値下げ後) 0.20ドル 1.20ドル
Sakana Namazu 0.95ドル 4.00ドル
Claude Haiku 4.5 1.00ドル 5.00ドル
Qwen3.8-Max 2.00ドル 6.00ドル
Gemini 3.5 Flash 1.50ドル 9.00ドル
Claude Sonnet 5(8/31までの導入価格) 2.00ドル 10.00ドル
Claude Opus 5 5.00ドル 25.00ドル
GPT-5.6 Sol 5.00ドル 30.00ドル
主要AIモデルの出力単価を100万トークンあたりの米ドルで比較した横棒グラフ。GPT-5.6 Luna 1.20ドル、Sakana Namazu 4.00ドル、Claude Haiku 4.5 5.00ドル、Qwen3.8-Max 6.00ドル、Gemini 3.5 Flash 9.00ドル、Claude Sonnet 5 10.00ドル。Sakana Namazuのバーだけ藍色で強調され、下から2番目の短さに位置している。

Namazuが座ったのは、最安値ではないが十分に安い場所だ。ChatGPTを提供するOpenAIが7月30日に8割引きしたばかりのGPT-5.6 Lunaには届かない。一方で、Gemini 3.5 FlashやClaude Sonnet 5と比べれば、出力単価は半分以下になる。最上位のGPT-5.6 SolやClaude Opus 5とは、そもそも比べる土俵が違う。

0.95 入力ドル/100万トークン
4.00 出力ドル/100万トークン
0 月額料金・初期費用(従量課金のみ)
一言でまとめると──「フロンティア級の値段ではなく、量をさばく帯の値段で、日本語だけに絞ったモデルが出てきた」。価格表の位置としては、Claude Haiku 4.5のすぐ下と読むのが近いです。

7月からこの帯では値崩れが続いている。GPT-5.6 Lunaの80%値下げがあり、その翌日には中国のDeepSeekがさらに下を通り、8月に入るとQwen3.8-Maxが最上位帯の値段まで崩しにきた。そこへ日本語特化という別の軸で入ってきたのがNamazuになる。安さでは勝てない場所に、安さ以外の理由を持ち込んだとも言える。

土台は中国製オープンウェイト。半年で入れ替わっていた

この記事でいちばん確かめておきたいのは、価格ではなくこちらの事実だ。Sakana Namazuは、ゼロから日本で学習されたモデルではない。公開されている他社のモデルを土台にして、その上に日本語と日本の商習慣向けの調整を重ねたものである。

Sakana Namazuのベースモデルの変遷を3段で示した図。2026年3月24日に試作モデルNamazuとSakana Chatを公開し、土台はDeepSeek-V3.1-Terminus・Llama-3.1-405B・gpt-oss-120Bの3系統。2026年4月20日にMoonshot AIがKimi K2.6をオープンウェイトで公開。2026年8月3日にSakana Namazu APIを提供開始し、土台はKimi K2.6へ差し替わった。

3月のα版で使われた土台は、中国DeepSeekの「DeepSeek-V3.1-Terminus」、Metaの「Llama-3.1-405B」、OpenAIの「gpt-oss-120B」という3系統だった。当時のモデル名は「Namazu-DeepSeek-V3.1-Terminus」のように土台の名前を抱えており、何の上に乗っているかが名前から読めた。それが今回のAPI版では、Moonshot AIの「Kimi K2.6」に一本化され、名前は「Sakana Namazu」だけになっている。Kimi K2.6は4月20日に公開された総パラメータ1兆規模のMoE(専門家混合)型モデルで、1トークンの推論で動くのは約320億パラメータ。コンテキストは26.2万トークン、ライセンスは改変MITで、重みが誰にでも配られている。

Moonshot AIといえば、7月27日に2.8兆パラメータのKimi K3をオープンウェイト公開して話題になった会社だ。Namazuの土台はその一世代前にあたる。調整と検証に時間がかかる以上、最新世代がそのまま乗らないのは当然でもある。

01
土台を借りるのは、いま普通のやり方

1兆パラメータ級を一から学習するには、数百億円規模の計算資源と時間が要る。重みが公開されたモデルを出発点にすれば、その工程を丸ごと省ける。日本語の調整に資源を集中できる。

02
だから土台は差し替えられる

より性能の高いオープンウェイトが出れば、乗り換えたほうが速い。3月から8月までの間に土台が変わったのは、この論理の帰結といえる。製品名の裏側で世代交代が起きる。

03
利用者からは見えにくい

名前もエンドポイントも変わらないため、土台の交代は仕様変更として通知されるとは限らない。同じプロンプトへの応答の癖が、ある日から少し変わる可能性がある。

ブランド名の「Namazu」は据え置かれたまま、その土台は半年で入れ替わった。3月のα版はDeepSeek・Llama・gpt-ossの3系統、8月のAPI版はKimi K2.6である。しかも新しい名前からは、土台が何であるかが読み取れなくなっている。

— 公表資料から確認できる事実の整理(2026年8月6日時点)

誤解のないように書いておくと、これは隠された事実ではない。Sakana AIは公式発表でKimi K2.6をベースにしたと明示しているし、日本語メディアの見出しにもそう書かれている。問題があるとすれば公表の姿勢ではなく、「国産AI」という言葉が指す範囲が、思っているより狭いかもしれないという読者側の理解のほうだ。

日本語特化はどこで作られたのか

では、土台を借りているなら「日本語特化」とは何を指すのか。同社が示した数字を見ると、力を注いだ場所がわかる。

指標 ベースモデル Sakana Namazu
FairPoliticsQA
(特定国の価値観に偏らない回答)
34.10% 56.30%
JFBench
(日本語の指示追従。Preferred Networks開発)
基準 1.5%上回る
政治・歴史・外交の回答拒否率
(α版・土台はDeepSeek-V3.1-Terminus)
72% ほぼ0%
MMLU-Pro/LiveCodeBench v6/AIME26
(一般知識・コード・数学)
基準 ほぼ同等を維持

数字の並びが語っているのは、はっきりした方針だ。一般的な賢さは土台のまま据え置き、日本に関わる話題での「答えなさ」と「偏り」を直した。FairPoliticsQAは34.10%から56.30%へ、22.20ポイント上がっている。α版の段階では、政治・歴史・外交にまたがる質問の72%に答えを返さなかったのが、ほぼ全問に返るようになった。

この差が何を意味するかは、実際に使ってみると想像しやすい。中国発のオープンウェイトモデルは、日本の近現代史や外交、国内政治に関わる質問で回答を避ける傾向が指摘されてきた。企業の調査業務や自治体向けの文書作成でこれが起きると、そこで作業が止まる。止まらないようにすること自体が、日本語特化の中身の一つだったわけだ。

⚠ ベンチマークの数字の読み方
ここに挙げた数値はすべてSakana AI自身が公表したもので、第三者機関による再現検証は確認できていません(※観測)。とくにJFBenchの「1.5%上回る」は差分だけが示され、絶対スコアは公表されていません。また回答拒否率の72%からほぼ0%への改善は、土台がDeepSeek-V3.1-Terminusだったα版時点の測定値です。今回のKimi K2.6版でも同じ水準かは、公表資料からは確認できません。導入を検討するなら、自社の実際の文書で試すのが確実です。

日本向けなのに、EU・英国・スイスからは使えない

もう一つ、契約前に知っておきたい制約がある。2026年8月3日時点で、Sakana NamazuのAPIはEU・EEA域内、英国、スイスからは利用できない。理由はGDPR(EU一般データ保護規則)などへの対応を進めている段階だから、と説明されている。

日本語特化のモデルなのだから欧州で使えなくても構わない、と読むのは早い。日本企業でも、欧州に開発拠点や子会社を置いていれば話は変わる。海外出張中の社員が現地から社内ツールを叩く場面もある。「どこの言語向けか」と「どこから接続できるか」は別の話で、後者はサーバの所在地とアクセス元の両方で決まる。

💡 情報システム部門が確認する順番
評価は性能からではなく提供形態から入るほうが早く終わります。無料の「Sakana Chat」と有料のAPIでは、業務利用の可否や入力データの扱いが逆になることがあるためです。まず「どちらを使うのか」を切り分け、次に接続元の国と地域を確認し、そのあとで日本語の品質を試す。この順番なら、性能の検証に時間を使ったあとで契約できないと気づく事態を避けられます。

で、あなたはどうすべきか

読者の立場によって、この発表が持つ意味はきれいに三つに分かれる。

A
ChatGPTやClaudeを月額で使っている人:変化なし

今回動いたのは開発者向けAPIの価格表だけで、月額プランとは別の世界の話だ。ChatGPTClaudeの使い勝手も料金も変わらない。無料で日本語のNamazuを試したいなら、Sakana Chatをそのまま使えばよい。

B
日本語の大量処理をAPIで回している人:試す価値がある

問い合わせ文の分類、議事録の要約、社内文書の整形といった仕事で、日本語の言い回しに引っかかることが多いなら候補になる。OpenAI互換なので、接続先を書き換えて同じ入力を20〜30件流し、既存モデルと結果を並べれば1日で判断がつく。

C
「国産AI」を条件に選ぼうとしている人:定義を決めてから

調達要件に国産という条件を置くなら、土台のモデルまで含めるのか、日本での調整と運用を指すのかを先に決めておきたい。Namazuは後者にあたり、前者の定義では要件を満たさない。

そのうえで、Bに当てはまる人に一点だけ付け加えておく。ベースモデルが差し替わりうる前提で運用を組むことだ。3月から8月にかけて実際に起きた通り、製品名が同じでも中身は入れ替わる。出力の形式に依存した処理を書いているなら、応答の癖が変わったときに気づける検査を挟んでおくと、事故の規模が小さくなる。これはNamazuに限った話ではなく、モデルを外から借りて提供するサービス全般に言えることでもある。

編集部の見立て

Editor's Opinion

今回の発表でいちばん考えさせられたのは、価格でも性能でもなく、「日本語特化」という言葉が実際に指しているものの範囲でした。土台は中国製のオープンウェイト、その上に日本の文脈への調整を重ねる。この構図は、日本語で使う私たちにとって不利益なものではありません。むしろ一から学習する資金を持たない国が、まともな品質のモデルを手にする現実的な道筋です。

ただ、言葉の使われ方には注意を払いたいと考えています。「国産AI」と聞いたとき、多くの人は学習から日本で行われたものを思い浮かべます。実際には、公開された重みを起点にした調整であることが少なくありません。どちらが優れているという話ではなく、調達や稟議の文書で条件を書くときに、両者を混ぜないほうがよいという実務的な話です。

もう一つ、3月のα版から8月のAPI版のあいだに土台が入れ替わった点は、記録しておく価値があると思います。オープンウェイトが数か月おきに更新される時代では、それを土台にする側の製品も同じ速さで下半分が変わっていきます。利用者から見える名前は変わらないので、変化は請求書にも通知にも現れません。現れるのは、応答の手ざわりのほうです。

値段については、意外に堅実な置き方だと受け止めました。出力4.00ドルは、最安を狙わずClaude Haiku 4.5のすぐ下に付けた位置です。日本語の品質という別の軸で選ばれることを前提にした値付けで、価格競争の泥沼には入らないという意思表示にも見えます。この位置を維持できるかどうかは、9月以降に他社の値札がどう動くか次第でしょう。

まとめ

2026年8月3日、Sakana AIが日本語特化の大規模言語モデルAPI「Sakana Namazu」の提供を始めました。料金は100万トークンあたり入力0.95ドル・出力4.00ドル。月額料金や初期費用はなく、ビルトインのWeb検索とコード実行はトークン料金とは別建てで加算されます。OpenAI互換のため、接続先アドレスの書き換えだけで既存のプログラムから呼べます。

土台となっているのは、中国のMoonshot AIが4月20日に公開したオープンウェイトモデル「Kimi K2.6」です。3月のα版ではDeepSeek-V3.1-Terminus・Llama-3.1-405B・gpt-oss-120Bの3系統が使われており、製品名を変えないまま土台が差し替わりました。

日本語特化の中身は、一般的な賢さの底上げではなく、日本に関わる話題での回答傾向の修正にあります。FairPoliticsQAは34.10%から56.30%へ改善し、α版では政治・歴史・外交の質問の72%に答えなかったものが、ほぼ全問に答えるようになりました。ただしこれらはいずれも同社の公表値で、第三者検証は確認できていません(※観測)。

制約も一つあります。GDPRなどへの対応を進めている段階のため、8月3日時点でEU・EEA域内、英国、スイスからは利用できません。月額プランでChatGPTやClaudeを使っている人の請求書は、今回いっさい動きません。

出力4.00ドルという値札は、価格表の上では目を引かない位置に見えるかもしれない。だが土台の来歴まで含めて読むと、この一件が示しているのは値段の話ではない。日本語で考えるAIの中身は、四半期ごとに海の向こうで作られたモデルへ静かに載せ替えられていく。名前だけが、変わらない。