Googleが2026年9月28日から29日にかけて、EUの一般裁判所(ルクセンブルク)に2件の訴えを起こしたと報じられた。争う相手は、欧州委員会が7月16日にデジタル市場法(DMA)に基づいて出した2つの命令である。
ひとつは、AndroidスマホでGoogle自身のAI「Gemini」だけに許してきた11の機能を、他社のAIアシスタントにも同じ条件で開けという命令。もうひとつは、検索で集めた「何を調べ、どれをクリックしたか」のデータを、匿名化したうえで競合の検索サービスやAIチャットボットにも分けろという命令だ。
スマホのAIアシスタントの座を、OSを持つ会社の一存で決めさせない。EUはその方向に舵を切り、Googleは「利用者のプライバシーと端末の安全を損なう」と反論した。ChatGPTやClaudeを使う人にとっては、いつ何が変わりうる話なのかを整理する。
Googleは何を争っているのか──DMA提訴とは
DMA(デジタル市場法)は、巨大プラットフォームを「ゲートキーパー」に指定し、自社サービスの優遇などを禁じるEUの法律だ。Googleはこの指定を受けている。欧州委員会は同法の第6条7項に基づき、「他社のサービスにも、自社と同じ効果のある接続手段を無料で提供せよ」という趣旨の具体的な手順を、7月16日に2本の決定として言い渡した。
今回Googleが争っているのは、その2本だ。
| 命令 | Googleに求めていること | 主な期限 |
|---|---|---|
| ① Android×AI | Geminiが使う11のAndroid機能を、競合のAIアシスタントにも同等の効果で開く | 大半は2027年8月1日(Android 18)まで |
| ② 検索データ | 検索の順位・語句・クリックの匿名化データを、資格のある競合の検索サービス(AIチャットボットを含む)に提供する | 2027年1月から |
提訴の先は、EUの一般裁判所である。ここで負ければさらに上級審(司法裁判所)へ進む道が残るため、決着まで長丁場になりうる。
AndroidでChatGPTやClaudeが使えるようになる?11の機能の中身
欧州委員会が公開している一覧では、開放の対象は次の11機能で、性格ごとに4つに分かれている。ここでいうAIアシスタントとは、話しかけたり画面を見せたりして、調べもの・操作・予約などを代行してくれるAIのことだ。
ホームボタンやナビゲーションバーの長押しで起動する入口と、常時待機して呼びかけ語で起動する入口の2つ。いまはGeminiが占めている。
端末内のアプリのデータに集約してアクセスする、状況に応じた判断をする、周囲のデータ(アンビエントデータ)を使う、という3つ。「いま何をしているか」をAIが知るための材料になる。
アプリとの構造化された連携、画面の自動操作、システム連携の3つ。ユーザーの代わりにアプリを動かす「エージェント」の中核にあたる。
端末に入ったAIモデルの利用、自社のモデルを端末上で動かす仕組み、バックグラウンドでの実行の3つ。裏で動き続けるAIには欠かせない。
ただし全部が無条件で開くわけではない。画面の自動操作、アプリとの構造化連携、システム連携、アプリデータへの集約アクセス、状況に応じた判断の5機能は「制限付き」とされ、Googleが定める資格制度と外部の認証機関による審査を通った事業者だけが使える。呼び出し2機能や背景実行などの残り6機能には、この認証は付かない。
命令は特定の会社名を挙げず「競合するAIサービス」全般を対象にしている。報道では、ChatGPTやClaudeが具体例として挙げられている。言い換えると、現状はアプリとして入れるだけのChatGPTやClaudeが、Geminiと同じ場所から呼び出され、同じように画面を読んで動かせる余地が、EUのAndroidでは制度上開かれることになる。
提訴しても時計は止まらない
「訴えたなら、判決が出るまで命令は棚上げ」と思いがちだが、EUの手続きではそうならないのが原則だ。一般裁判所への提訴は、命令の効力を自動では止めない。止めたければ、Googleが別途「暫定措置」を申し立て、認められる必要がある。報道からは、Googleが暫定措置を申し立てたかどうかは確認できない。
各期限を、決定日(7月16日)からの日数で並べたのが下の図だ。
いちばん早く来るのは、2027年1月に始まる検索データの共有だ。これが提訴の結果より先に到来しうる「最初の実地試験」になる。Android側では、Googleは2027年2月1日までに資格制度の条件案を出し、5月1日までに最終条件を固めて申請の受付を始める必要がある。ここが遅れれば、8月の期限に間に合う事業者も出てこない。常時待機の呼びかけ語だけは、一段遅い2028年8月1日(Android 19)が期限だ。
プライバシーか競争か──双方の言い分
Googleの競争担当シニアディレクターは、今回の提訴を主にプライバシーの問題として説明している。検索データの共有について、報道が伝えた発言はおおむね次のとおりだ(訳)。
検索には、病気の不安から人間関係まで、ごく個人的な問いが寄せられる。十分な保護策のないままそれを共有させれば、利用者のプライバシーに取り返しのつかない害を与える。
Androidについても、Googleは「重要なセキュリティ保護が弱まる」と主張している。画面の内容やマイク、アプリのデータに他社のAIが深く入り込めば、悪用の入口も増える、という理屈と読める。
欧州委員会の側は、決定の中で端末の完全性・安全性・利用者データの保護を考慮したと説明し、法廷で決定を守る構えだと伝えられている。検索データは匿名化してから渡し、渡す相手のリスクはGoogle側が評価できる仕組みだという。制限付きの5機能に認証制度を挟んだのも、その安全側の設計だ。
どちらの主張にも実体がある。他社に深い権限を渡せば、攻撃面が広がるのは事実だ。一方で、OSを持つ会社が自社AIにだけ特等席を用意できる状態が競争をゆがめるという指摘も、DMAが生まれた理由そのものである。争点は、その両立を認証と匿名化でどこまで実現できるかにある。
あなたのスマホで何が変わるか
DMAの命令はEU域内のAndroidが対象。日本で買った端末のGemini、ChatGPT、Claudeの呼び出し方が、この件で直ちに変わることはない。
Android 18以降、対応するAIアシスタントを標準の呼び出し口に選べる端末が出てくる見込み。ただし制限付き機能は、AI事業者側が認証を通らなければ使えない。
これまで「賢さ」「価格」「機能」で比べていたAIに、「スマホのどこまで入り込めるか」という軸が加わる。OSごとの制約も、比べる材料になる。
編集部の見立て
今回の提訴でいちばん注目しているのは、勝ち負けよりも、争われている場所です。AIの優劣は、これまでモデルの性能や価格の比べ合いでした。今回の争点は、モデルの外側、つまり「どのAIが端末の入口に立てるか」です。賢さが横並びに近づくほど、入口の位置が使われ方を決めていきます。
読者の選び方に引き寄せると、AIを選ぶ基準に「どこから呼べるか」が入ってきます。いまGeminiがAndroidで有利なのは、モデルが優れているからだけでなく、OSの一番手前にいるからでもあります。その前提が、EUでは2027年8月から崩れうるわけです。
ただし、実際に崩れるかどうかは、認証制度がどれだけ現実的に運用されるかで決まります。制限付きの5機能は審査が要るため、審査が重ければ、規制は書面上の話にとどまります。Googleが訴える安全性の懸念が、そうした慎重な運用を後押しする側に働く可能性もあります。私たちは、命令の文面より、2027年2月と5月にGoogleが何を公表するかを見ていきたいと考えています。
まとめ
2026年9月28日〜29日、GoogleがEU一般裁判所に、欧州委員会が7月16日に出した2つのDMA命令の取り消しを求める訴えを起こしたと報じられました。
ひとつはAndroidの11機能をGemini以外のAIアシスタントにも同等に開く命令で、大半の期限は2027年8月1日(Android 18)、常時待機の呼びかけ語は2028年8月1日です。画面操作など5機能は、Googleが設ける資格制度と外部の認証機関の審査が条件になります。もうひとつは、2027年1月から検索の順位・語句・クリックの匿名化データを競合の検索サービス(AIチャットボットを含む)に提供する命令です。
提訴だけでは命令の効力は止まらず、止めるにはGoogleが暫定措置を申し立てて認められる必要があります。Googleはプライバシーと安全性を理由に挙げ、欧州委員会は考慮済みだとして争う構えです。日本の端末にこの命令が直接及ぶことはありません。
Googleが2027年2月1日までに出す資格制度の条件案と、それより前に来る1月の検索データ共有が、提訴の結果を待たずに動くかどうかが、最初の分かれ目になる。