AI開発の新興企業Inceptionが10月19日、新しい言語モデル「Mercury 3」を公開した。1秒あたり1,068トークンを出力できるという。Claudeの小型モデルHaiku 5.5が約240、ChatGPTの無料版の標準でもあるGPT-6 Lunaが約130とされているので、数字の上では4倍から8倍の速さになる。
ただし、この数字を測ったのはInception自身である。価格にも仕掛けがある。いま表示されている入力0.10ドル・出力0.35ドル(100万トークンあたり)は、標準価格の半額にした発売記念の値段だ。標準価格は入力0.20ドル・出力0.70ドルで、LunaやHaiku 5.5の基本単価より高い。
速いが、安くはない。この組み合わせを、どんな仕事なら引き受ける価値があるのかまで落として整理する。
Mercury 3とは──文字を順番に書かない「拡散型」
Mercury 3を出したInceptionは、スタンフォード大学の研究者らが立ち上げた企業だ。同社のモデルは「拡散型」と呼ばれる。ChatGPTやClaudeのような一般的な言語モデルは、文章を先頭から1トークンずつ書き足していく。トークンとは、AIが文章を処理する単位のことで、日本語なら1文字が1〜2トークン前後にあたる。一方、拡散型は返答の全体をいったん下書きし、それを何度かに分けて並行して磨き上げる。SiliconANGLEはこの仕組みをそう説明している。
1文字ずつ書く方式は、長い返答ほど時間がかかる。全体を一度に直す方式なら、同じ長さでも待ち時間を縮められるという理屈である。
今回の更新で変わった点は次のとおりだ。
提供先は、Inception自身のAPI、OpenRouter、Baseten、Vercelの4つ。OpenAIのAPIと同じ書き方で呼べるので、すでにLunaを使っているプログラムなら、接続先とモデル名を差し替えるだけで試せる。新しく作ったアカウントには、1億トークン分の無料枠もある。
速さは4〜8倍と自称──ただし測ったのは自社
Inceptionが示した比較は、Mercury 3が毎秒1,068トークン、Claude Haiku 5.5が約240、GPT-6 Lunaが約130というものだ。割り算をすると、Haiku 5.5に対して約4.5倍、Lunaに対して約8.2倍になる。同社が「4〜8倍」と呼ぶ幅は、この2つの数字から来ている。
体感に直すとこうなる。500トークンほどの返答、日本語で数百字から1,000字程度の答えを、発表の数字どおりに計算すると、Mercury 3は約0.5秒、Haiku 5.5は約2.1秒、Lunaは約3.8秒で書き終える。数秒の差は、人間が画面を見ながら待つ用途ではっきり感じる長さだ。
とはいえ、この速度は生成の部分だけを切り出した数字である。実際の応答時間には、通信や検索、前処理の時間が加わる。Inceptionが紹介した顧客のOcten AI(リアルタイム検索の新興企業)の報告では、生成にかかる時間の中央値が0.9秒、応答が返るまでの全体の中央値が2.2秒だった。生成が速くなっても、全体の待ち時間はその分だけ縮むわけではない。
Mercury 3の料金──標準単価はLunaとHaiku 5.5より高い
料金を並べる。単位はすべて100万トークンあたり、米ドルである。
| モデル | 入力 | 出力 | 長い入力のときの単価 |
|---|---|---|---|
| Mercury 3(標準価格) | 0.20ドル | 0.70ドル | 段差の記載は確認できず |
| Mercury 3(発売記念・半額) | 0.10ドル | 0.35ドル | 終了日は未公表 |
| GPT-6 Luna | 0.10ドル | 0.50ドル | 入力27万2,000トークン超で入力0.20ドル・出力0.75ドル |
| Claude Haiku 5.5 | 0.10ドル | 0.50ドル | 入力10万トークン超で入力0.50ドル・出力2.50ドル |
半額の値段だけを見ると、出力はMercury 3のほうが0.15ドル安い。標準価格に戻ると、入力も出力もLunaとHaiku 5.5を上回る。割引がいつまで続くのかをInceptionは述べていないので、予算を組むときの基準は標準価格のほうに置くのが現実的だ。
1つ、月の費用で試算してみる。1か月に1万回呼び出し、1回あたり入力2,000トークン・出力500トークンの仕事を想定する。合計では、入力が2,000万トークン、出力が500万トークンになる。
| モデル | 入力の費用 | 出力の費用 | 月の合計 |
|---|---|---|---|
| Mercury 3(標準価格) | 4.00ドル | 3.50ドル | 7.50ドル |
| Mercury 3(半額) | 2.00ドル | 1.75ドル | 3.75ドル |
| GPT-6 Luna | 2.00ドル | 2.50ドル | 4.50ドル |
| Claude Haiku 5.5 | 2.00ドル | 2.50ドル | 4.50ドル |
金額そのものは小さい。ただ、標準価格のMercury 3は、LunaとHaiku 5.5より月3ドル高く、割引中なら0.75ドル安い。この試算は編集部が公表単価から計算したもので、キャッシュ(同じ入力の使い回し)の割引は含めていない。
成績表は12項目中8項目で上──負けた項目も載っている
Inceptionは12の評価項目でLunaとHaiku 5.5と比べ、8項目でMercury 3が上回ったとしている。最も差が開いたのはコード修正の評価SWE-Bench Atlasで、Mercury 3が51.1点、Lunaが33.3点、Haiku 5.5が32.3点だった。
一方、同じ報道では負けた項目も挙げられている。コードの評価DeepSWEではHaiku 5.5が51.6点でMercury 3の46.3点を上回り、長い文書から情報を探す評価でもHaiku 5.5が勝った。Lunaは別の2項目で、1点未満の差でMercury 3を上回っている。
12項目の選び方も設定もInceptionが決めている。確認できた範囲では、第三者機関が測り直した結果は出ていない。
12項目中8項目という数え方は、差が1点未満の項目も、30点以上開いた項目も1勝として数える。差の大きさは項目ごとに見る必要がある。
大きさは「初代Mercuryの40倍超」としか示されていない。性能が上がった理由を、外から確かめる材料は少ない。
どんな仕事なら試す価値があるか
ここまでの材料で、読者のタイプ別に整理する。
Mercury 3は開発者向けのAPIで提供されるモデルで、ChatGPTやClaudeの月額プランの中から選べるものではない。月額の料金も動いていない。
音声での受け答え、検索結果の要約を画面に出すまで、入力の途中で候補を出す機能など、ユーザーが画面の前で待つ仕事は、生成が数秒縮むだけで使い心地が変わる。Octen AIの事例はこの型にあたる。
誰も待っていない仕事なら、速さは請求書に載らない価値になる。標準価格で比べると、LunaとHaiku 5.5のほうが安い。
10月7日にはAnthropicがHaiku 5.5を、9月にはOpenAIがGPT-6 Sol・Lunaを出している。詳しくはClaude Haiku 5.5の価格の階段を読み解いた記事と、GPT-6 Sol・Lunaの値下げを整理した記事にまとめた。小型モデルの値札がほぼ横並びになったところへ、Mercury 3は価格ではなく速さで割り込んだ形だ。
編集部の見立て
今回の発表でいちばん面白いのは、競争の軸が変わったことだと考えます。小型モデルは、この数か月、単価の引き下げ合戦をしてきました。LunaとHaiku 5.5が入力0.10ドル・出力0.50ドルで並んだところへ、Mercury 3は「同じ値段帯のまま、待ち時間を数分の1にする」という別の売り方で入ってきました。
ただ、速度の数字は、そのまま信じるには条件が足りません。測定条件が示されておらず、割引価格の終了日も分かりません。前作Mercury 2.5のときも、速度は自社発表の数字で出ていました。今回も同じ構図なので、第三者の測定が出るまでは、請求書より先に自分の画面で確かめたいところです。
速さは、使ってみて初めて価値が分かる性能です。そして試すコストは、無料枠のおかげで小さくなっています。標準価格が割高でも、待ち時間が売り上げに響く仕事を持っている人にとっては、確かめてみる価値のある選択肢だと見ています。逆に、待たせて困らない仕事を持つ人は、いまのモデルのままで困りません。
まとめ
2026年10月19日、Inceptionが拡散型の言語モデルMercury 3を公開しました。1秒あたり1,068トークンの出力は、Claude Haiku 5.5の約240、GPT-6 Lunaの約130より速いとされていますが、測ったのはInception自身です。
標準価格は入力0.20ドル・出力0.70ドル(100万トークンあたり)で、LunaとHaiku 5.5の基本単価である入力0.10ドル・出力0.50ドルより高くなっています。いまの入力0.10ドル・出力0.35ドルは、終了日が示されていない発売記念の半額です。
成績表は12項目中8項目でLunaとHaiku 5.5を上回りますが、DeepSWEなどでは負けており、第三者の測定は確認できていません。ChatGPTやClaudeの月額プランから選べるものではなく、開発者向けのAPIで提供されます。
次に確かめたいのは2点ある。割引価格の終了日が示されるかどうかと、Artificial Analysisのような第三者の測定でも毎秒1,000トークン級の数字が再現されるかどうかだ。