安さが看板だった会社が値札を上げて、それでも客が減らなかった、という報道が出た。
The Informationが米国時間9月23日、中国DeepSeekの年換算売上が10億ドルのペースに達したと報じた。数か月前は5億ドル未満だったという。伸びた理由として挙がっているのが、8月に踏み切った値上げである。梁文鋒CEOは投資家向けの説明で、値上げで顧客が離れることはなかったと語ったとされる。DeepSeek自身は売上を公表しておらず、これは当事者の発表ではない。※観測として扱う。
値上げそのものは予告されていた。8月6日の「近く大幅に引き上げる」という告知を当時の記事で扱ったとき、残していた問いは「値下げ競争の底を支えていた会社が値上げに回ると、選ぶ側の並びはどう変わるか」だった。答えの片方が、いま報道として出てきた。
もう片方は、報道を待たずに分かる。各社の公式価格表を9月26日に開き直すと、100万トークンあたりの標準単価でいちばん安いのは、もうDeepSeekではない。ChatGPTを出しているOpenAIのGPT-6 Lunaである。
何が報じられたのか──値上げしても客は減らなかった
年換算売上とは、直近の売上の勢いをそのまま1年続けたと仮定して12か月分に引き延ばした数字である。実際に1年で稼いだ額ではなく、いまの走り方を年換算した目安にすぎない。報道によれば、その目安が10億ドルに届いた。数か月前は5億ドル未満だったというから、短期間で2倍である。
注目すべきなのは伸び方ではなく、伸びた理由として値上げが挙げられている点だ。ふつう、替えの利く商品を値上げすれば客は逃げる。DeepSeekのモデルはオープンウェイトで、同じ土台を他社のクラウドからも借りられる。いちばん逃げやすい立場にいた会社が、値札を上げて逃げられなかったという話になっている。
DeepSeekの料金はいまいくらか──公式価格表を開き直す
DeepSeekの現在の価格表は、9月10日の世界標準時4時に切り替わったものだ。提供されているモデルは2つで、主力のdeepseek-flash(DeepSeek-V4.1-Flash)と、上位のdeepseek-v4-pro(DeepSeek-V4-Pro-0813)である。どちらも扱える文脈の長さは100万トークンで、100万トークンあたりの単価はこうなっている。
| 100万トークンあたり | オフピーク | ピーク |
|---|---|---|
| deepseek-flash 入力(キャッシュ未命中) | 0.15ドル | 0.30ドル |
| deepseek-flash 入力(キャッシュ命中) | 0.003ドル | 0.006ドル |
| deepseek-flash 出力 | 0.60ドル | 1.20ドル |
| deepseek-v4-pro 入力(キャッシュ未命中) | 0.66ドル | 1.32ドル |
| deepseek-v4-pro 入力(キャッシュ命中) | 0.022ドル | 0.044ドル |
| deepseek-v4-pro 出力 | 1.98ドル | 3.96ドル |
この表の要点は、同じモデルに値段が2つあることだ。オフピークはピークのちょうど半額で、どちらが適用されるかは投げた時刻で決まる。公式ページの記述はこうである。
Off-peak rates are half of the peak rates. Peak hours are 01:00 - 04:00 and 06:00 - 10:00 UTC, Monday through Friday, excluding Chinese public holidays.
世界標準時に9時間を足すと日本時間になる。つまりピーク帯は平日の10時〜13時と15時〜19時である。日本で働いている時間とほぼそのまま重なる。8月17日にこの2段構えが導入された時点でも同じ指摘をしたが、当時の記事で書いた枠組みは今の価格表にも引き継がれている。
なお8月の改定で単価がどれだけ上がったかについては、モデルによって2.3倍から4.5倍という数字が報じられている。ただしこれも当事者の公表ではなく、DeepSeek自身の告知ページに改定率の記載は無い。※観測に留める。確かめられるのは、いま価格表に出ている値段のほうだ。
DeepSeekとGPT-6 Luna・Gemini 3.8 Flashの違いは、単価ではなく階層
安さを比べるとき、見出しの数字だけを並べると必ず間違える。単価は1つの数字ではなく、条件ごとの階層になっているからだ。DeepSeekのdeepseek-flash、OpenAIのGPT-6 Luna、そしてGemini 3.8 Flashの3つを、階層ごとに開いて並べる。
| 階層(100万トークンあたり・入力/出力) | deepseek-flash | GPT-6 Luna | Gemini 3.8 Flash |
|---|---|---|---|
| 標準 | 0.15/0.60(オフピーク) 0.30/1.20(ピーク) |
0.10/0.50 | 0.75/3.75 |
| 時間帯による差 | 平日のピーク帯は2倍 | なし | なし |
| 文脈長のしきい値 | なし(100万トークンまで一律) | 27.2万トークン超で入力2倍・出力1.5倍(0.20/0.75) | なし |
| キャッシュ命中の入力 | 0.003(ピーク0.006) | 0.01 | 0.075 |
| バッチ処理の割引 | 価格ページに記載なし | 5割引き(0.05/0.25) | 5割引き(0.375/1.875) |
| 速度・優先のモード | 時刻で自動的に決まる | Fast:0.20/1.00 | Priority:1.35/6.75 |
| 価格の期限 | 「変更されうる」との注記のみ | 記載なし | 2026年12月31日まで。2027年1月1日から1.50/7.50 |
階層ごとに見ると、順位が3回入れ替わる。
入力0.10ドル・出力0.50ドルは、DeepSeekのオフピーク0.15ドル・0.60ドルより下にある。ピーク帯の0.30ドル・1.20ドルと比べれば、入力で3倍、出力で2.4倍の開きだ。時間帯の割増が無いぶん、値段が読める。
GPT-6 Lunaは入力が27.2万トークンを超えると、そのリクエスト全体の入力が2倍・出力が1.5倍になり0.20ドル・0.75ドルへ上がる。DeepSeekの価格表に文脈長のしきい値は無く、100万トークンまで一律だ。長い資料を丸ごと投げる使い方では、オフピークのDeepSeekが下に来る。
OpenAIとGoogleにはバッチ処理の5割引きがあり、Lunaは入力0.05ドル・出力0.25ドルまで下がる。DeepSeekの価格ページにバッチの割引は載っていない。夜間にまとめて流せる処理なら、この階層が最も差を生む。
上海上場に向かう会社に付いた値段
値上げが通ったという報道と同じ時期に、もう一つの数字が動いている。ロイターは9月9日、DeepSeekが上海証券取引所の科創板(STAR市場)への上場準備として中信証券を起用し、2026年中に手続きを始めたい意向だと報じた。同社は上場の時期、調達したい額、目標評価額のいずれも決めていないという。
そのロイターの報道によれば、進行中の資金調達は500億元、評価額は5,000億元で交渉されている(いずれも交渉中の数字で、当事者の公表ではない。※観測)。ドルに直すと調達額が約75億ドル、評価額が約750億ドルである。6月の調達は約74億ドルで、終了後の評価額は500億ドル超とされていた。このときは梁文鋒CEO自身が200億元、テンセントが100億元、CATLが50億元を出している。3か月で、語られる評価額が5割ほど上がった計算になる。
この2つを並べると、交渉中の評価額750億ドルは、報じられた年換算売上10億ドルの75倍にあたる。売上の何十倍という値付けは、上場前のAI企業では珍しくない。ただ、その値付けが成立する前提は「これから売上が何倍にもなる」という見通しであって、いちばん安い値札で数量を集める戦略とは相性が悪い。単価を上げても客が減らないと示せたことは、その見通しを裏から支える材料になる。
で、あなたは何時にどの仕事を流すべきか
ここまでの数字を、自分の使い方に当てはめる順番で並べ直す。判断の分かれ目は4つしかない。
| あなたの使い方 | いま下にある値札 | 理由 |
|---|---|---|
| 日本の就業時間に短い依頼を大量に流す | GPT-6 Luna(0.10/0.50) | 10時〜13時と15時〜19時はDeepSeekのピーク帯で0.30/1.20になる |
| 夜間や週末にまとめて流せる | GPT-6 Lunaのバッチ(0.05/0.25) | DeepSeekのオフピーク0.15/0.60より下。DeepSeek側にバッチ割引の記載は無い |
| 27.2万トークンを超える長文を投げる | deepseek-flashのオフピーク(0.15/0.60) | Lunaは0.20/0.75へ上がるが、DeepSeekは100万トークンまで一律 |
| 同じ前置きを繰り返し送る | deepseek-flash(キャッシュ命中0.003) | Lunaの0.01、Gemini 3.8 Flashの0.075より下 |
月額プランでAIを使っている人には、この値段はどれも関係しない。ここに出ている数字はすべて開発者向けAPIのもので、ChatGPTやGeminiの月額料金は今回の件で動いていない。関係が出るのは、自分で書いたプログラムや社内システムから直接モデルを呼んでいる場合だ。
もう一点、日付が決まっている変更がある。Gemini 3.8 Flashの0.75ドル・3.75ドルは2026年12月31日までの価格で、2027年1月1日からは1.50ドル・7.50ドルへ上がる。年明けに請求額が倍になる階層が、いまの価格表にすでに書き込まれている。
編集部の見立て
8月にDeepSeekが値上げを予告したとき、編集部が気にしていたのは「底が抜けた価格競争に、床が戻るのか」という点でした。いま出てきた答えは、思っていたより素っ気ないものです。床は戻りませんでした。DeepSeekが上がった分、その席にOpenAIのGPT-6 Lunaが座っただけです。
これは読者にとって、悪い話ではないと考えています。いちばん安い値札が特定の1社に固定されていない状態は、乗り換える先が常に存在するということでもあります。実際、今回整理した4つの使い方のうち、2つはGPT-6 Lunaが下で、残る2つはDeepSeekが下でした。1社に決めてから使い方を合わせるのではなく、使い方を決めてから値札を見るほうが、いまは合理的です。
そのうえで、時間帯で単価が変わる仕組みには注意が要ります。DeepSeekのピーク帯は日本の就業時間とほぼ重なっているので、日本から日中に使う人は、公表されている最安値をそもそも受け取れません。価格表の一番小さい数字だけを見て見積もりを立てると、請求書で2倍の差が出ます。単価を比べるときは、自分がその仕事を何時に流しているかまで含めて比べてください。
売上と評価額の数字については、当事者の公表を待つ姿勢を崩さないつもりです。年換算売上も交渉中の評価額も、いまはどちらも報道に依拠した数字です。上場の手続きが進めば、いずれは公式の開示資料という形で検証できる数字が出てきます。それまでは、確かめられる価格表のほうを判断の土台にするのが安全だと考えています。
まとめ
The Informationが米国時間9月23日、DeepSeekの年換算売上が10億ドルのペースに達したと報じました。数か月前は5億ドル未満で、8月の値上げでも顧客は減らなかったと梁文鋒CEOが投資家に語ったとされます。DeepSeek自身は売上を公表していないため、この部分は※観測です。
確かめられるのは価格表の側です。9月26日時点の公式価格を並べると、100万トークンあたりの標準単価はdeepseek-flashがオフピーク0.15ドル・0.60ドル、ピーク0.30ドル・1.20ドル。GPT-6 Lunaは0.10ドル・0.50ドルで、DeepSeekのオフピークより下にあります。
ただし順位は階層で入れ替わります。GPT-6 Lunaは入力が27.2万トークンを超えると0.20ドル・0.75ドルへ上がり、文脈長のしきい値が無いDeepSeekのオフピークが下に来ます。バッチ処理の5割引きはOpenAIとGoogleにあってDeepSeekの価格ページには載っておらず、逆にキャッシュ命中の0.003ドルはDeepSeekが3社で最も安い値です。
資金面では、ロイターが9月9日に上海の科創板への上場準備で中信証券を起用したと報じ、進行中の調達は500億元・評価額5,000億元(約75億ドル・約750億ドル)で交渉中とされます。評価額750億ドルは、報じられた年換算売上10億ドルの75倍にあたります。
ChatGPTやGeminiの月額プランの料金は、今回の件では動いていません。
次に値札が動く日付は、すでに価格表に書いてある。2027年1月1日、Gemini 3.8 Flashの0.75ドル・3.75ドルが1.50ドル・7.50ドルへ戻る。DeepSeekの価格ページに同じ種類の期限はなく、あるのは「変更されうる」という一文だけだ。安い側の値札がいつまで安いのかを、片方は日付で、もう片方は文章で示している。