米国の国土安全保障省(DHS)は、中国発のAI「DeepSeek」を連邦政府の民間機関から外す命令を、2026年10月20日付の官報で公表した。命令の名は「Exclusion and Removal Order #2026-01」(除外・撤去命令)で、署名者はマークウェイン・マリン長官。調達から外すことも、すでに入っているものを取り除くことも、どちらも「命令の発出後ただちに」と定めている。
目を引くのは対象の広さだ。DeepSeek自身の製品だけでなく、「DeepSeekを使って開発された第三者の製品・サービス」も撤去の対象に入っている。他社のツールの裏側でDeepSeekのモデルが動いていれば、そのツールも該当しうる書き方である。一方で、この命令が縛るのは連邦政府の民間機関であり、個人や民間企業がDeepSeekを使うこと自体を禁じるものではない。
同じ2018年の法律(連邦調達サプライチェーン安全法)は、国防総省がClaudeを開発するAnthropicを「供給網リスク」と認定した件でも使われている。経緯は前回の記事で伝えた。今回は相手が中国のDeepSeekに変わり、権限を使う省もDHSになったが、「どのAIの上に仕事を載せるか」を政府が供給元の出自で線引きするという構図は共通している。
DHSの命令は何を求めているのか
命令の適用先は、連邦政府の民間の行政機関(文民行政部門の各機関)だ。国防総省や情報機関が扱う国家安全保障システムと、機密情報を扱う区画のシステムは、命令の対象から外れている。根拠は2018年の連邦調達サプライチェーン安全法で、連邦調達安全保障評議会(FASC)の勧告を受けてDHS長官が出した。
求めていることは2つに分かれる。どちらも文面は「命令の発出後ただちに」だ。
DeepSeekとその関連会社の製品を、機関の調達から除外する。機関の承認済み製品リスト、サービス事業者の機器リスト、電子商取引の市場のように、IT製品の購入を仲介する仕組みも含まれる。
DeepSeekとその関連会社の製品に加え、DeepSeekを使って開発された第三者の製品・サービスを、機関のIT環境から取り除く。取り除けない場合は、後述の例外を申請する。
撤去が終わるまで、通信の出入りの監視、ログの強化、データ持ち出しの制御、異常の検知を「取ることが奨励される」と書かれている。義務ではなく奨励の書き方だ。
「関連会社」の範囲も命令文に定義がある。一方が他方を直接または間接に支配しうる関係、あるいは第三者が双方を支配しうる関係を指す。DeepSeekの親会社や子会社だけでなく、資本関係でつながる別会社の製品も、同じ扱いになる。
Remove products provided by DeepSeek, DeepSeek-affiliated entities, and third-party products and services developed using DeepSeek implementations, from civilian agency information technology systems immediately after the issuance of the Order, or seek an Exception, as described below.
(訳)DeepSeek、DeepSeekの関連会社が提供する製品、およびDeepSeekの実装を使って開発された第三者の製品・サービスを、命令の発出後ただちに、民間機関の情報技術システムから取り除くこと。または、後述の例外を求めること。
「DeepSeekを使って作った製品」とは何を指すのか
この命令でいちばん読み方が割れそうなのは、撤去の対象にある「developed using DeepSeek implementations」という句だ。直訳すれば「DeepSeekの実装を使って開発された」になる。
命令文が書いているのは、ここまでである。調達の除外については、脚注が「民間機関に製品やサービスを提供するために使われる、DeepSeekの第三者による実装を含む」と補っている。つまり、DeepSeekのモデルを自社の製品に組み込み、政府機関に提供している会社は、その製品が撤去の対象になりうる。
逆に、命令文に書かれていないことは次のとおりだ。
- 対象になる製品・サービスの名前は、1つも挙げられていない。
- モデルの重みが公開されている、いわゆるオープンウェイトという言葉は出てこない。自社のサーバーでDeepSeekの重みを動かす場合や、重みを調整して作った別のモデルが入るかどうかは、読み取れない。
- 米国の事業者のサーバーでDeepSeekのモデルを動かして提供するサービスの扱いも、書かれていない。
運用の目安になる指針については、米メディアのTechTimesが、DHSの下で実務を担うサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ安全保障庁(CISA)が「developed using」の基準を示す指針をまだ出していないと伝えている(※観測。当サイトでは公式の確認を取れていない)。範囲が示されるまでは、政府機関に納めるベンダー側が、自社の製品の中身を点検して判断することになる。
7月の命令が10月に公表された──60日の期限と日付のずれ
命令文の冒頭には「Original Release Date: July 24, 2026」(初版の発行日は2026年7月24日)と書かれている。官報に載ったのは10月20日で、公表までに88日が空いた。
この空白が問題になるのは、例外の申請期限があるからだ。命令は、機関が例外を求める場合、「命令の発出から60日以内」に書面で申請すると定めている。申請書には、命令のどの部分から外れたいか、対象の製品、任務上の影響などの「やむを得ない理由」、リスクを減らす代わりの対策を書く。審査はCISAが担い、書面で承認か不承認を返す。
命令の「初版の発行日」。命令文に記載された日付。CyberScoopは、マリン長官が除外を命じる書簡に署名したのは6月26日だと伝えており、報道によって日付が割れている。
7月24日から60日を数えた日。起算日を命令文の日付とした場合の計算で、命令文に期限の日付は書かれていない(※観測)。
官報への提出。同じ日に米サイバーセキュリティ専門メディアのCyberScoopなどが報じた(いずれも米国時間)。
官報に掲載(連邦官報91巻201号66346ページ)。DeepSeekと中国大使館からの反応は、確認できた範囲では出ていない。
起算日を命令文の日付である7月24日とすれば、期限は9月22日で、公表の28日前に閉じていたことになる。TechTimesはこの点を指摘している。ただし、命令文は「発出」がどの日を指すのかを書いておらず、公表日から数えるのか、7月24日から数えるのかは確定していない。CyberScoopは「60日前までに」と書いており、報道の言い回しもそろっていない。ここは命令文だけでは決まらない点として扱うのが妥当だ。
DHSが挙げた理由と、挙げていないこと
命令文には「リスクの要約」の節があり、DeepSeekを外す理由が並んでいる。要点は次の5つだ。
- DeepSeekのサーバーは中国国内にあり、中国の法制度は政府が民間企業のインフラに広く入ることを認めている。
- DeepSeekが運営するモデルでは、アカウント作成の過程で個人を特定できる情報を集め、利用者を追跡する可能性がある。
- 最もよく使われるアプリは、モデルに情報を渡して答えを受け取る形で動くため、米政府の職員や取引先の機密が中国側に渡りうる。
- 集めた情報は、公開情報と組み合わせると、米国の個人や政府の事業に関する実用的な情報になりうる。
- モデル自体にマルウェアなどの脆弱性が含まれる可能性がある。根拠として、2025年2月のセキュリティ企業NowSecure(ナウセキュア)の調査が脚注に挙がり、iOSアプリに重大な脆弱性が複数あったとされている。
一方で、命令文を通して読むと、実際に米政府のデータがDeepSeekに渡った事例は、1件も挙がっていない。リスクの文はいずれも「〜しうる」「〜の可能性がある」の書き方で、根拠は公開されている資料(DeepSeek自身のプライバシーポリシー、2020年のDHSの注意喚起、2025年4月の米下院中国特別委員会の報告など)に限られる。
もうひとつ、リスクの説明の大半は「DeepSeek自身が運営するモデル」へのデータの流れに向いている。モデルの中身そのものを理由にした記述は、マルウェアなどの脆弱性がありうるという1文にとどまる。重みを自分の環境で動かした場合に何が危険なのかは、説明されていない。第2章で見た範囲の曖昧さは、この理由の置き方から来ているように読める。
あなたは何を確かめるか
命令の効力が及ぶのは米国の連邦民間機関なので、日本で個人としてAIを選んでいる大半の読者の使い方は、この命令で変わらない。それでも、立場によって見るべき点がはっきり分かれる。
自社の製品やサービスの土台に、DeepSeekのモデルやその派生が入っていないかを棚卸しする。依存先の一覧を作るのが先で、「入っているか不明」の状態のまま納品を続けるのが最も危うい。例外の申請は機関側の手続きなので、納める側は機関に確認を取る。
命令は民間の利用を禁じていない。ただ、DHSが問題にしているのは「DeepSeekが運営するモデルにデータを渡す」経路だ。業務の資料や顧客の情報を送っているなら、送り先がどこのサーバーなのかを、価格より先に確認しておく。価格の面でDeepSeekが選ばれてきた経緯はDeepSeekの最新更新の記事にまとめてある。
GitHub CopilotやCursorのように、裏側のモデルを切り替えられるツールでは、選択肢にDeepSeek系が含まれていないか、設定を見ておく。取引先から政府関連の案件を受けているなら、使っているモデルの出自を聞かれる場面が増えるかもしれない(※見立て)。
編集部の見立て
今回の命令で注目しているのは、DeepSeekが外されたことそのものよりも、「DeepSeekを使って開発された第三者の製品」まで対象に含めた書き方です。政府機関が使うAIは、いまや1社のモデルを直接買うとは限らず、他社のツールの裏側で動いています。出自で線を引くなら、その裏側まで見に行かなければ意味がなくなる。命令はそこを見に行く構えを取りました。
ただ、その線の引き方は、命令文のうえではまだ未完成です。製品名も、オープンウェイトの扱いも、米国内のサーバーで動かす場合の扱いも書かれていません。実際の運用は、CISAがどんな指針を出すか、各機関がどう解釈するかで決まっていくはずです。当面は、条文の厳しさよりも、解釈の幅のほうがベンダーの負担になると見ています。
もうひとつは、同じ法律が、中国のDeepSeekにも、米国のAnthropicにも使われたという点です。向けられた理由は違いますが、政府がAIの供給元を「調達の可否」の側から選別する手段として、この法律が使われ始めていることは共通しています。AIを選ぶ側にとっては、性能と価格に加えて、「その製品の土台が誰のモデルなのか」を説明できるかどうかが、取引の条件に入ってくる流れだと考えています。
まとめ
2026年10月20日、米国の国土安全保障省(DHS)が、DeepSeekを連邦政府の民間機関から外す「Exclusion and Removal Order #2026-01」を官報で公表しました。命令文の日付は7月24日で、公表までに88日が空いています。
調達からの除外と、すでにあるものの撤去は、どちらも「命令の発出後ただちに」です。撤去の対象には、DeepSeekとその関連会社の製品に加えて、「DeepSeekの実装を使って開発された第三者の製品・サービス」が入っています。
例外の申請は命令の発出から60日以内で、審査はCISAが行います。7月24日から数えれば9月22日で閉じていた計算ですが、起算日は命令文に書かれていません。対象製品の名前、オープンウェイトの扱い、米国内で動かす場合の扱いも、書かれていません。
命令が縛るのは連邦政府の民間機関です。個人や民間企業がDeepSeekを使うことを禁じるものではありません。
次に確かめるのは、CISAが「developed using DeepSeek implementations」の範囲をどう示すかです。それが出るまで、政府機関に納める企業は、自社の製品の中身に何が入っているかを自分で説明できる状態にしておく必要があります。命令そのものは、長官が1年以内に見直すと定めています。