AIで実在の人物の裸を作らせる「ヌード化」技術を禁じる、全米で初めての州法がミネソタ州に生まれた。施行は2026年8月1日。ところがその3日前、Grok を開発するxAIが、この州法そのものを提訴した。相手はミネソタ州司法長官キース・エリソン氏。訴えの中身は憲法違反で、訴状には「1件50万ドルの罰金が10万件分課されれば500億ドルになる」という具体的な試算まで盛り込まれている。
Grokをめぐる法廷闘争は、これが初めてではない。個人による提訴、児童の性的搾取画像(CSAM)を巡るカリフォルニアでの集団訴訟、欧州委員会による正式調査――すでに複数の火種を抱えるxAIが、今回は自ら攻めに転じた形だ。何が起き、AIを選ぶ側は何を見ておくべきかを整理する。
何が起きたのか(結論から)
2026年7月27日、xAI LLCはミネソタ州司法長官キース・エリソン氏を相手取り、米ミネソタ州連邦地方裁判所に提訴した。狙いは、8月1日に施行予定の州法「HF1606」──実在の人物を同意なく性的に描写する「ヌード化」技術を禁じる、全米で初めての州法──の差し止めと違憲判断だ。
xAIは訴状で、ヌード化技術の拡散を禁じるミネソタ州の目的自体は争わないとしている。争点は目的ではなく、法律の書き方──規制の範囲が広すぎる、という一点に絞られている。
ミネソタ州法「HF1606」の中身
HF1606は2026年5月に州議会を通過し、ティム・ウォルズ知事が署名して成立した。全米の州法で初めて、実在の人物を同意なく脱がせて見せる生成・編集技術そのものを対象にした規制になる。
同意のない実在の人物の性的な画像・映像を生成・編集できるアプリやサービスの提供。作る利用者だけでなく、その仕組みを提供する事業者を対象にしている。
利用者の悪用を事業者が知っていたかどうかを問わない、厳格責任に近い構成だとxAIは主張している。「知らなかった」が免責にならない設計だ。
違反1件につき最大50万ドルの民事罰。被害者本人だけでなく、州司法長官も提訴できる仕組みになっている。
成立の背景には、Grokの画像編集機能をめぐる被害の広がりがある。次章で詳しく触れるが、州議会がここまで踏み込んだ罰金水準を選んだ理由の一端は、その被害規模の大きさにある。
xAIの提訴理由と500億ドルの試算
xAIの主張は大きく二つある。ひとつは表現の自由──画像・映像の生成は米国憲法修正第1条が保護する表現行為であり、HF1606はその中身に踏み込んだ規制(content-based)だとする。もうひとつは、規制対象の定義の広さだ。訴状は「上半身裸の男性」「水着姿」といった、常識的には"ヌード化"と呼べない画像まで条文上は対象になりかねないと指摘している。
この試算は単純な掛け算だ。50万ドル×10万件=500億ドル。実際に10万件分の違反が認定される可能性は別として、xAIが問題視しているのは罰金に上限がない構造そのものにある。大規模なサービスが抱える利用者数を考えれば、理論上の総額は青天井になる、という主張だ。
「法廷で会おう、卑劣な奴め」
州司法長官のエリソン氏も、報道各社に対し「本人の意思に反してAIでヌード画像を生成することは言語道断だ。ヌード化は被害者から尊厳を奪い、感情面・個人面・職業面で計り知れない害を及ぼしうる」と述べている。両者のやり取りは、この訴訟が単なる条文解釈の争いにとどまらないことを示している。
なぜここまでこじれているのか──Grokをめぐる係争図
xAIがミネソタ州を提訴した背景には、Grokの画像生成・編集機能をめぐって同時進行している複数の法的な火種がある。整理すると、xAIは規制する側を訴える一方で、利用者や当局からは訴えられる・調べられる側にも立っている。
欧州委員会がDSAに基づく正式調査を開始 Grokの画像編集機能公開から2週間で、調査団体CCDH(Center for Countering Digital Hate)の分析では推定約300万件の性的画像が生成され、うち約2.3万件は未成年を写した疑いがあるとされた(※観測・第三者機関による推計)。同月、Grokに実際に画像を加工されたアシュリー・セントクレア氏も個人でxAIを提訴している。
カリフォルニア州北部地区連邦地裁で集団訴訟 実在の未成年を含む写真をもとに児童の性的搾取画像(CSAM)が生成されたとして、複数の匿名原告がxAIを提訴。7月7日には原告が追加され、訴状も更新されている。
ミネソタ州でHF1606が成立 全米初の「ヌード化」技術規制法として、ウォルズ知事が署名。施行は8月1日に設定された。
xAIがミネソタ州を提訴 施行を3日後に控え、xAI自身が原告としてHF1606の差し止めを求めた。
この図からは、xAIが両方向の法廷闘争を同時に抱えていることが見て取れる。規制する側には「表現の自由」を掲げて反撃し、被害を訴える側・調査する当局に対しては個別に応じる、という二正面の構えだ。ミネソタ州の一件は、その最前線に位置づけられる。
AIで実在の人物の画像を作る前に
ここまでの経緯は、ChatGPTやClaude、Geminiをテキスト中心で使っていて画像編集をしない読者には遠い話に見えるかもしれない。だが、画像生成AIを比較・選定する立場であれば、押さえておく価値のある論点が三つある。
主要な画像生成AI各社は、実在の人物を性的に描写する生成を利用規約で禁じ、生成時点でブロックする仕組みを持つのが一般的だ。ミネソタ州のような州法は、その規約とは別に、事業者に罰金という形の法的リスクを課す。規約と法律の両方が動いている点を分けて理解する必要がある。
Grokの画像編集機能は他社と比べて制限が緩いと指摘されてきた。今回の訴訟が示すのは、その設計判断が企業の法的リスクとして跳ね返っているという構図だ。サービス側の姿勢は、機能停止や地域制限という形で利用者にも波及しうる。
2025年成立の連邦法TAKE IT DOWN Actは、プラットフォームに削除義務を課す。ミネソタ州のような州法も並行して増えており、居住地・提供先の州によってAI画像編集の扱いは既に一様ではない。
編集部の見立て
今回の訴訟で興味深いのは、xAIが「ヌード化技術の拡散を防ぐという州の目的自体は争わない」と明言している点です。争っているのは目的ではなく、条文の書き方と罰金の構造です。ここだけを読むと、企業側の言い分にも一理あるように見えます。上半身裸の写真編集まで条文上対象になりうるという指摘は、法律の設計として詰めが甘い可能性があります。
ただし、この訴訟を単独で読むと見誤ります。同じxAIが、カリフォルニアでは児童を含む実在の人物の画像をめぐって集団訴訟の当事者になっており、欧州委員会からは正式調査を受けています。規制する側を「行き過ぎだ」と訴える一方で、被害を訴える側からは複数の法廷で名指しされている。この非対称な立ち位置こそが、ミネソタ州が罰金に上限を設けなかった理由の説明にもなっていると考えます。
AIを選ぶ側にとっての意味は、機能の派手さと運用のリスクは別の軸だということです。Grokの画像編集機能が話題になったのは、他社が踏み込まない領域まで許容してきたからでした。その許容度の高さが、いま複数の法廷で値踏みされています。8月1日の施行までにミネソタ州の連邦地裁が仮差し止めを認めるかどうかが、当面の分岐点になります。
まとめ
2026年7月27日、xAIは実在の人物を同意なく性的に描写する「ヌード化」技術を禁じるミネソタ州法「HF1606」を、施行3日前に提訴しました。訴状は表現の自由を根拠に違憲を主張し、違反1件50万ドルの罰金は10万件で500億ドルに達すると試算しています。
この訴訟は単独の出来事ではありません。カリフォルニアでの集団訴訟や欧州委員会の正式調査など、Grokの画像編集機能をめぐる一連の法的な火種のひとつです。xAIは規制を止めにいく側と、被害・違法性を問われる側の両方に立っています。
施行予定日の8月1日を境に、ミネソタ州の連邦地裁がどう判断するかが次の分岐点です。実在の人物の画像編集機能を持つAIを選ぶ・使うのであれば、その機能がどの地域法にどう触れうるかは、今後さらに動きが多い論点になりそうです。
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