実在の人物を同意なく脱がせて見せる「ヌード化」技術を禁じるミネソタ州法HF1606を巡り、Grokを開発するxAIが施行3日前に提訴していたことは、前回の記事で伝えた通りだ。あの提訴には続きがある。
2026年7月31日、連邦地裁がxAIの緊急差し止め請求を却下した。理由は法律の中身ではなく、提訴のタイミングそのものだった。法律は8月1日、予定通り施行されている。
却下の理由は「動きが遅すぎた」
ミネソタ州のヌード化禁止法HF1606は、ウォルズ州知事が2026年5月7日に署名して成立した。施行日は8月1日。xAIはこの法律を「表現の自由を侵害する広すぎる規制」だとして、7月27日にミネソタ州司法長官キース・エリソン氏を相手取り連邦地裁に提訴。さらに施行のわずか3日前、7月29日になって緊急の差し止め命令(TRO)を申し立てた。
この申し立てを、米連邦地裁のドノヴァン・フランク判事は7月31日付の命令で却下した。判断の中心は法律の是非ではなく、訴えを起こしたタイミングにある。
「xAIが差し止め命令を求める申立てを行ったのは2026年7月29日、法律の署名からおよそ3か月後、施行のわずか3日前だった。行動と申立てをこれほど遅らせたこと自体が、被害が差し迫っていないことを示唆している」
判事はxAI側が主張する「回復不能な被害」を認めなかった。法律の内容そのものへの審査ではなく、緊急停止に値するほどの切迫性が無いという手続き上の判断である点は押さえておきたい。ミネソタ州司法長官エリソン氏はこの決定を受け、自身のXアカウントで「これは朗報だ。ミネソタ州民の尊厳を守るためにこれからも法廷で闘う」という趣旨の投稿をしている。
ミネソタ州の「ヌード化」禁止法とは
HF1606が禁じるのは、実在する人物の画像・動画から衣服を除いたように見せかける、いわゆる「ヌード化(nudification)」機能をウェブサイト・アプリ・サービスとして提供すること、およびその宣伝だ。本人の技術・芸術的な判断を要する加工(Photoshopでの手作業など)は対象外で、狙いはAIが自動でやってのける生成・編集機能に絞られている。
この法律を全米で際立たせているのは、罰則の重さそのものよりも誰の責任を問うかという設計だ。テキサス州やカリフォルニア州にもヌード化サービスの提供者を対象にした法律は既にある。しかしミネソタ州の法律は、事業者側に故意や過失の立証(セーフハーバーや認識要件)を一切求めない厳格責任の仕組みを採っている。ユーザーが規約違反の画像を1枚生成しただけで、提供元の事業者が違反1件につき最大50万ドルの民事制裁金を科されうる。
多くの州の「ディープフェイク禁止法」は、実際に画像を作って拡散した個人を処罰の対象にしてきた。プラットフォーム側は基本的に間接的な立場だった。
両州もヌード化サービスの提供者を規制対象に含めている。ただし故意や認識の有無が争点になり得る余地が残る。
認識の有無を問わず、機能を提供していたこと自体が責任の根拠になる。現時点で最も強い規制モデルだとみられている。
xAIの対応──Grok Imagineの機能制限
差し止めが認められなかったことを受け、xAIはGrokの画像生成・編集機能「Grok Imagine」について、ミネソタ州のユーザー向けに画像編集機能を制限する方針を明らかにしている。実在の人物が写った画像を露出の多い服装に加工するような編集を、同種の規制がある地域では制限するという説明だ。50万ドルという罰金の単価を踏まえれば、機能そのものを絞る対応は理にかなっている。
xAIは今回の訴訟の中で、自社の安全対策についても説明してきた。同社の主張によれば、2026年に入ってからGrok関連で50,000件超のアカウントを停止し、全米行方不明・被搾取児童センター(NCMEC)へ70,000件超の通報を行ったという。この数字はxAI自身の開示によるもので、第三者による検証は確認できていない。※観測として扱うのが妥当だろう。
次の山場は8月19日
今回の却下は、あくまで「施行を一時的に止めるかどうか」という緊急措置の話にとどまる。法律そのものが第一修正に違反するかどうかという本丸の審理は、これから始まる。
ウォルズ州知事がHF1606に署名全米初となる「ヌード化」技術の禁止法が成立。施行日は8月1日と定められた。
xAI、ミネソタ州司法長官を提訴法律は表現の自由を侵害するとして、エリソン司法長官を相手取り連邦地裁に提訴した。
緊急差し止め(TRO)を申立て施行のわずか3日前になって、xAIは法律の効力を一時停止するよう求めた。
フランク判事、申立てを却下「遅すぎる提訴は被害の切迫性が無いことを示す」との理由で、緊急停止を認めなかった。
HF1606が予定通り施行Grok Imagineはミネソタ州向けに画像編集機能の制限を開始した。
差し止め命令(仮処分)の審理を予定ここで初めて、法律が第一修正に違反するかどうかという実体審理に入る。
画像生成AIを選ぶ人への意味
この一件はGrokだけの話ではない。MidjourneyやChatGPTの画像生成機能も、実在の人物の写真を扱う編集では利用規約でヌード化・性的加工を禁じている。ただし従来の規制は「規約違反をした利用者」を追うものが中心で、事業者自身が金銭的な責任を負う場面は限られていた。ミネソタ州の法律は、その責任の所在を提供元の事業者に移す最初の実例になる。
Grokをめぐっては、英国下院議員が高等法院に技術的措置を求めている別件も進行中で、米国・英国・EUの複数法域から同時に問われている状況に変わりはない。画像編集機能を実務で使っている人にとっての実利的な変化は、居住地域によって使える機能が今後変わりうるという点だ。同じアカウント・同じプランでも、州や国の法律次第で編集の可否が分かれる場面が増えていく。
編集部の見立て
今回の却下でまず注目したいのは、判事が中身ではなく手続きで判断した点です。裏を返せば、法律が発効する直前になって差し止めを求めるという戦い方そのものが、この先の他の訴訟でも不利に働きかねないという教訓を残しました。規制に反対する企業が「施行間際に駆け込む」という選択肢を取りにくくなったという意味で、この命令はミネソタ州以外の規制論争にも影響しうると考えます。
もう一つ気になるのは、ミネソタ州が選んだ厳格責任という規制モデルです。テキサス州やカリフォルニア州も事業者を対象にした法律を持っていますが、認識や故意を問わない仕組みまで踏み込んだのはミネソタ州が最初です。今回、緊急停止という形では止められなかったという事実が、他州の議会にとって「この設計でも通る」という前例になる可能性があります。8月19日の審理で本案が合憲だと判断されれば、その動きはさらに強まるでしょう。
読者にとっての実務的な変化は小さくありません。画像生成AIをどこまで自由に使えるかが、契約しているサービスだけでなく、自分が今どの州・どの国にいるかにも左右される時代に入りつつあります。複数の画像生成AIを使い分けている人ほど、この違いを意識する必要が出てきます。
まとめ
2026年7月31日、連邦地裁のドノヴァン・フランク判事は、ミネソタ州のヌード化禁止法HF1606の施行を止めるよう求めたxAIの緊急差し止め申立てを却下しました。理由は法律の中身ではなく、施行3日前という申立てのタイミングです。
法律は8月1日に予定通り施行され、xAIはGrok Imagineの画像編集機能をミネソタ州向けに制限する対応を取っています。ミネソタ州の法律は、事業者に故意や認識の立証を求めない厳格責任の仕組みを採っており、テキサス州・カリフォルニア州の同種の法律よりも規制が強いとみられています。
xAIの訴訟自体は終わっていません。法律が表現の自由に違反するかどうかを判断する差し止め命令(仮処分)の審理が、2026年8月19日に予定されています。
次の判断材料が出るのは8月19日です。それまでは、ミネソタ州でHF1606が効力を持ったまま運用されます。